謎の少女
夕日が沈みそうなころ、家に着いた。学校が終わり、すぐに帰ればこんな時間にはならないのだが、今日は学校で用があり、遅くなった。
「ただいま戻りました」
「おお、シーラ。遅かったな」
フィルダント家の主人、つまりは親だ。サルート・フィルダントがスーツ姿で玄関に立っていた。
「お出かけですか?」
「ああ、野暮用でね。もう夕飯だからリテネのところに行くといい」
リテネはフィルダント家の使用人である。主に食事を担当している。
「お気を付けて」
「行ってくるよ。帰りは遅くなるから、テナにも言っておいてくれるかな」
「分かりました」
ガチャ、という扉の閉まる音を聞いた後、靴を脱いでキッチンの方へ向かった。フィルダント家の屋敷はとても広く、移動が大変である。
「リテネさん、なにかお手伝いしましょうか」
「ああ、シーラ様。おかえりなさいませ。もう夕食は出来ましたのでお嬢様をお呼びしていただけますか?」
「はい」
リテネさんは21歳のまだ若い女性だ。使用人のドレスがよく似合っている。
キッチンから少し歩き、あるドアをノックする。
「テナハ、夕飯だぞ」
「‥‥‥分かった」
少しの間をおいて返事が返ってきた。ぶっきらぼう、というより素っ気ない。
テナハ・フィルダント。妹にあたる。フィルダント家の本当の子供である。
「先、行ってる」
正直テナハには好かれてはいない。フィルダント家の本当の子ではないからだろう。
「ご馳走様でした」
「シーラ様、お口に合いましたでしょうか」
「はい、美味しかったですよ。いつもありがとうございます」
豪華な食事を平らげた後はいつも感心する。一人でこの食事を作るリテネさんは相当なものだと思う。
「‥‥‥ご馳走様」
「お嬢様、お口に合いませんでしたか?」
「‥‥‥別に」
また、素っ気なくテナハは答える。リテネさんにも心を許していないのだ。
「テナハ、今日は学校どうだった?」
「‥‥‥関係ないでしょ」
「そんな事はないだろう。妹なんだから」
バンッと机を叩く音がした。
「認めてないから」
そう言ってテナハは早足に部屋に戻っていった。
「お、お嬢様」
「リテネさん、大丈夫ですよ。俺の問題ですから」
「し、しかしシーラ様‥‥‥」
「リテネさんも少しは休んで下さい。では部屋に戻っています」
テナハも問題だな‥‥‥。
簡易なベッドに机、本棚がある殺風景な自室に戻るとベッドに倒れこんだ。
無力だ。無力、無力。
心ではこの世界をどうにかしてやりたいと思っているが、何も出来ない。また一日、一日と終わり、こうやって自分という人生を終えるのだろうか。
「‥‥‥そうだ」
ふと思い出してパソコンを起動させる。最も、パソコンといっても実物があるのはキーボードだけだ。電源を入れるとキーボードから画面がホログラムで出現する。
キーボードを操作し、ある画面をだす。
「今日は50万ソーツか‥‥‥」
企業と企業の関係から取引でソーツ、つまり金がどれだけ動くかを予測し、その情報を他の企業に売る。通称MYと呼ばれる行為である。
何かを、何かをしたい時に出来ないというのは避けたい。だからせっかく頭が良いんだ。使わなければ勿体無い。
今の裏口座には約七千万ソーツの金が入っている。が、使う当てはない。
「中々の才能だな」
「ッツ?!」
女の声?!
「お前、面白いな」
そいつのプラチナブロンドのロングの髪が揺れる。その目は真紅で不釣り合いだ。
机の引き出しに入れていた小型拳銃を素早く手にする。
「貴様、誰だ。どこから入った。言え」
「そう焦るな。そんな物騒なものはしまいたまえ」
「いいから言え。さもなければ撃つ」
拳銃のグリップをさらに強く握る。この拳銃を持ったのも久しぶりだ。
「‥‥‥撃てるのか?お前に」
「馬鹿にするなよ」
「挑発じゃない。質問だ。撃てるのか。お前に。私が」
「撃てるさ。言え、貴様は何者だ」
「‥‥‥ふふ」
その整った顔が微笑む。しかし、それを可愛いとも綺麗だとも思わなかった。その笑顔のまま言葉を続けた。
「お前、面白いな。いや、馬鹿だな」
以前と顔に笑みを浮かべたままそいつは喋る。
「話をそらすな。言え」
「‥‥‥フフ、そうだな‥‥‥宇宙人だ」
「‥‥‥ク、クハハハ!どこまで馬鹿にするつもりだ!」
今までにあったことのない人種だ。本当に引き金を引こうと思った。が
「取り敢えず話を聞け」
その言葉を聞いた瞬間、自分の目が、いや、脳が、ここにあるはずのない情景を映した。
『ねえ!母さんは?!父さんは?!どこなの?!』
『ははは、シーラ。私達が両親じゃないか』
『違う!どこだよ!返してよ!』
『あいつらは犯罪人なんだ。悪い人なんだよ』
『違うだろ!お前らが、お前らがやったんだろ!』
『チッ、いいから言うこと聞け!』
『痛っ‥‥‥くそ、殺してやる!殺す!』
『言うことだけ聞いてればいいんだよ!あいつらを吊るし上げるのにいくら払ったと思ってるんだ!』
「やめろ!」
「ほう。自力で抜け出せたか」
頭が、目の奥が、痛い。
「お前‥‥‥俺に何をした」
「さあな。私は宇宙人、だからな」
そう言い、こいつはまた笑みを作る。
「ク、ハハハハハ。ハハハハハ!面白い!面白いじゃないか‥‥‥」
「んん、壊れたか?」
「‥‥‥まさか‥‥‥お前、名前は?」
こいつの真紅の目を見る。その顔はまた、不思議な笑みを浮かべる。
「テンだ。テンと呼べ」
テン、か。
つまらない、何もなかった日常に、非日常がやって来た。
目の前にいる少女は、また、笑った。その真紅の目は、何を見つめているのかは分からなかった。