1人の少年
帝国スレイヴァル。世界で最も技術が進歩している先進国。
その進化はめざましく、帝国スレイヴァルは自動人型兵器〈オリオン〉を開発、大量生産した。体長が8メートルもあり、その移動性能と制圧力に戦車や装甲車が対抗出来るはずもなかった。
オリオンは人が中に入り操縦する訳ではなく、国からの遠隔操作が可能なため、スレイヴァルでは戦争に人が赴くことは殆ど無くなっていた。
そして世界の国々はスレイヴァルが統一し、表向きは平和が訪れた。戦争という連鎖から断ち切られた人々はそれぞれの道を歩みだした。人種差別という問題や、貧富の差を、抱えたまま。
「おいシーラ、授業終わったぞ」
前の席から声をかけられる。ゴーン、ゴーンという鐘の音が、受けていた授業の終わりを知らせていた。
「ああ、もう終わったのか」
「お前寝すぎだっての。先生、呆れてたぞ」
前の席の友人もそう言いつつ苦笑した。
あくびが出そうな口を押さえ、背筋を伸ばした。その動きに合わせて目にかかる前髪がゆれた。
「別に問題ないさ。第一、試験では結果を残しているだろう?」
いかにもクール、という印象を与える声が自分の口から出る。
「さーすが、成績トップのシーラ様はいうことが違うねぇ」
「はは、からかうなよクディ」
クディは小等学校から一緒の親友である。青みがかった藍色の髪が印象的だ。高貴学校の三年次になった今でも、その関係は続いている。
「にしてもさ、そろそろ進路決めなきゃなあ。シーラはやっぱ軍か?」
「ああ、そのつもりだ」
「お前ならもっといいとこ行けるだろ。確かベラジック技術からも指名で誘われてるんだろ?普通なら誰でも飛びつくぞ。将来を約束されたようなものだし」
ベラジック技術はこの帝国スレイヴァルの技術の進化の第一線で活躍している企業である。あのオリオンの基礎開発もこのベラジック技術が担当している。
「光栄だとは思うさ。でもやりたい事には変えられないだろう?」
「まあそう言われちゃうと返せないな。おっと、次の授業なんだっけ」
こういうところで自分の意見を押し付けないのがクディの良いところだ。普通ならば、勿体無い、何が不満なんだと思い、口にするだろう。
ちなみに、この学校はスレイヴァル人しか入学することができない。それも、純血だけだ。
「現代のスレイヴァル、だぞ」
「げ、あの爺さんか。テキスト朗読させるだけだろあれー」
「いいじゃないか。子守唄みたいでさ」
「最初から寝る気かよ、お前」
大げさに呆れてみせるクディを見ていると、教室のドアが開いた。教室はIDカードが無ければ入ることができない仕組みになっているため、入れるのは生徒か先生しかいない。
「はいみなさん、テキストの21ページを開いてください。そうだねぇ、クディ・ステファン君、読んでくれるかね」
露骨にクディが嫌がるのが後ろからでも分かる。その様子に教室に少しの笑いがおきた。
「分かりましたよー。えー〈オリオン〉とは、体長8メートル、本体重量19トンの自動人型兵器である」
「ふんふん続けて」
「はーいー。その動力として使われているのは光である。オリオンに搭載されているエナジニティックパネルにより、太陽の光も動力として利用できる。装備としては」
クディがテキストを朗読している内容はオリオンの簡易な説明である。この教室にいる大半は興味のないことだろう。自分たちの国の兵器について説明されても自分には関係がないから。
「うんよろしい。次の文を、シーラ・フィルダント君、いいかね?」
殆ど寝かけていたのに、と心の中でボヤきながらテキストを読み始める。
「オリオン、とはギリシャ神話の巨人の名前であり、そこから名付けられた。軍に配備された第一型オリオンは〈セイバー〉、その名の通り救世主を願い名付けられた。今では第二型オリオン〈インハート〉が主流であり、これからの活躍が期待される」
知っている情報しかない文を読んでいると、テキストに載っている写真が目に入る。第二型オリオン、インハート。エナジニティックパネルを組み込んでいる流線型の頭部に、左右の手の甲には光エネルギーを固体化し、シールドとして利用できるライトシールドを採用している。
「はいよろしい。オリオンのおかげで戦争は無くなりました。本当に救世主ですねぇ。じゃあ次の文を、ルナリー・キャルロイ君、読んでくれるかね」
「私かー、はーい」
救世主、大抵の人はオリオンの事をそう言うだろう。結果として戦争は殆どおこらなくなり、平和が訪れている。しかし、それは上流階級の者だけに絞った話である。
奴隷、平民。もちろんそこから小さな格差もある。それに貴族。男爵や伯爵などの階級が存在する。
そして血の問題。純血、半純血、クォーター(スレイヴァル人の血が四分の一しか入っていない者)、そしてシンブラッド(スレイヴァル人の血がはいっていない者)の順で階級が存在する。が、これは法律で定められたことではない。人々から自然に生まれた差別である。
よって、平和、平和と口を揃えて言えるのは貴族の人間である。この学校は純血のスレイヴァル人しかいないため、比較的に貴族階級が多い。殆どの生徒が今の世界は幸せで平和なんだと、疑わないのだ。
幼い頃、愛人との間にできた子供の俺は捨てられ、シンブラッドの夫婦に拾われた。
その夫婦は子供に恵まれず、俺を実の子供のように可愛がり、愛してくれた。
12歳の俺はシンブラッドの子供も多く通う普通の小等学校に通っていた。クディも家の方針なのか、小等学校は同じところであり、仲良くなった。何の不満もなく、比較的に充実した毎日だったと思う。
その歳には同年代との学力の差が目に見えて分かるようになった。その噂は貴族の間にも流れ、いくつかの貴族の家から養子にこないかと誘われもした。でも、自分の親はあの夫婦だけだと思っていたから、その話は全て断った。夫婦はとても喜び、嬉し涙を流していた。
しかしその一ヶ月後、突然夫婦は俺の前から姿を消した。その後、貴族の家庭に養子として迎え入れられたが、納得できなかった。
しかし、その理由は単純で簡単なものだった。
俺をどうしても欲しくなった貴族が、その夫婦を犯罪人として吊るし上げ、牢獄送りにしたのだ。
今は牢獄から出ているが、犯罪人に預けれる訳がない、という貴族の言葉に人々は賛同し、俺の意見などは通るはずもなく、俺はその夫婦の元には帰れなくなった。
俺は気が狂うほどに怒った。その貴族を恨み、憎しみ、殺そうとまで思った。
そんな中、その貴族よりもはるかに階級の高いフィルダント家から養子にこないかと誘ってきた。このままこの家にいたら本当に殺しかねないと思い、すぐにその話に乗った。
最初は不満そうな顔をしていたその貴族も、目の前にとてつもない大金が積まれた途端、態度を百八十度変え、ぜひと俺をフィルダント家に差し出した。
この世界は嫌いだ。差別し、力のある者だけしか幸せを、平和を感じられないこんな世界が。
しかし、今の俺には何の力もない。何も、できない。