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四話

「う、まぶしっ」


 林を抜けるとまず真っ先に、太陽の眩しい光が飛び込んできた。

 思わず二人とも手で目を覆う。

 薄ら開いた目で前を見て、リヒトは思わず息を呑んだ。


「……!これが……」


 セオも気付いたのか、眩しそうにしながらも目を開く。

 と、彼も同じようにごくりと唾を呑んで目の前に広がる光景を見つめた。


 林を抜けた先は小高い丘になっていて、食堂や防具店など数軒の店が立ち並ぶ。

 そしてその奥に広がる、広大な平地__レイモーン大平原。

 草木で覆われた平原にはところどころ沼地や池があり、魔物達が水を飲む様子がここからでも確認できる。点在する巨木は青青とした葉を身に着け、小鳥たちが止まっている。

 何よりも、その広さ。思わず息を呑むほどの壮大な大地。

 遥か先の地平線は、青空との境界が無いようにも思える。


 視界全体に広がる大平原のパノラマ。

 見て居るだけで足が震えてしまう。

 穏やかながら厳粛な雰囲気で、それでいて猛々しさ、力強さを隠していない。


 次第に鼓動が早まって行くのを感じる。頬は熱を帯びて、今にもその熱が外へと飛び出しそうだ。

 今までに見た事もないその圧倒的な景色に気圧されそうになるのをぐっと堪えて、声を絞り出す。


「これが……世界」



 __リヒトは親の顔を知らない。

 自分が生まれた土地も、母の声も、自分の誕生日さえも知らない。

 ただ一つ分かっているのは、その両親はもう既に生きてはいないということだけだ。

 リヒトは、フウロに住む老夫婦に拾われた。彼らは、リヒトを拾った経緯については何も話してくれなかった。何も言ってはくれなかったけれど、薄々、自分の本当にいるべき場所がそこではないことは解っていた。


 ずっと小さな町に閉じこもって、外の世界を知らなかった。

 初めて感じるこの鼓動。興奮。息切れすら覚える、この衝動。


「私、こんな広い景色を見るの、生まれて初めて」


 恍惚の溜息と共に、言葉が溢れる。

 隣に立ったセオがふっと微笑んで、眼下に広がる平原を指さして言った。


「まだまだ。もっともっと広いんだよ、世界ってのは」


 遥か遠くを見つめる横顔に光が当たって、彼の赤い瞳がきらり輝いて見えた、と同時に。

 ぐう。と、状況に似合わぬ間の抜けたような音が響く。

 恥ずかしそうに頬を掻いて笑うセオに、リヒトも思わずくすくすと笑ってしまう。


「……まず先にご飯、食べようか」

「……うん」



 そんな訳で、林の出口のすぐ傍に立つ食堂に入る。

 このあたりで取れる野菜や獣の肉を利用した料理が人気の様で、店内もそこそこ賑わっていた。


「……で、あなたはこれからどうするの?」


 食後の紅茶を飲みながらリヒトが尋ねる。

 どうって、とセオはまた頬を掻いて、考え込む様な仕草を見せた。

 結局、まだ彼がどこへ行くのかを聞いていなかった。

 多分その身なりからして王都に行くのだろうと予想していたけれど、実際はどうか分からない。


「私は……王都に行くの。これからレイモーンを越える」

「え、王都ってあの王都、だよな」

「王都って二つもあったかしら?」

「いや、無い。多分。……俺も王都に行くんだ、ちょっとした野暮用でね」


 野暮用で、と呟いたセオの表情が一瞬曇る。

 やはり、剣闘大会に出るのだろうか。

 先程ウルフとの戦いで見た剣捌きと言いこの身なりと言い、それは間違いなさそうだ。

 何か言おうとしてリヒトが口を開くと、近くの席に座っていた一人の客がこちらを向いて声を掛けてきた。


「君達、王都ってことは……聖戦を見に行くのかい」

「……聖戦?」


 少し間を置いてセオが問う。

 __聖戦ってのは、聖夜祭で行われる儀式の一つよ。

 男の代わりにリヒトが答える。


 聖夜祭では、王都のみならず世界各地で剣や魔法の腕を競う大会が開かれる。

 優勝者は英雄として称えられ、莫大な報酬が与えられる。

 しかし、「聖戦」はその中でも最高位にある大会で、聖夜祭の半年ほど前に各地で行われる予選を勝ち抜いた、世界でたった十二人の戦士だけが出場権を持つ。全ての戦士の憧れる究極の舞台、それが聖戦なのだ。


 それだけではない。

 十二人の中で、聖戦を勝ち抜き、王都の北端に位置する巨大な塔の頂上に辿り着いた者は、女神に一つだけ何でも願いを叶えて貰えるのだという。

 夢のような話に思えるが、聖戦は同時に本当の命懸けの戦いであった。

 聖戦は、たった一人しか生き残れない。残った十一人に残された道は死、のみ。

 裏を返せば、自分以外の十一人を殺さないと頂上には辿り着けない。


 それでも戦おうとする強い意志を持った者が、百年に一度集い魂をぶつけ合う。

 それが聖夜祭最大の儀式__聖戦。


「……『聖なる』『戦い』だってのに、随分血塗られた話だな」


 男とリヒトを交互に見ながら話を聞いていたセオは、自分のカップを置いてぽつりと呟いた。

 窓際の席に座った男は、皮の帽子の鍔を深く下げ、息を吐くように言う。


「……君、聖戦に出る十二人を何と呼ぶか知っているかい? 女神の使徒(アパスル)だ。流した血も聖なるものだと考えられているんだろう」


 店内が少し静かになる。

 __そろそろ、出ましょう。

 リヒトは耳の横で一つにまとめた髪を結い直すと、席を立った。

 慌ててセオも立ち上がる。

 と、会計をしようとしたリヒトを男の腕が静止させた。

 金貨を二枚、リヒトに手渡す。


「くだらない話に付き合わせてしまった御詫びだ。これで支払ってくれよ」

「でも、これ」

「釣り銭は二人で分けてくれ」


 リヒトは警戒するように貰うのを渋ったが、帽子の隙間から見えた困ったような笑顔に、しょうがなく金貨を受け取った。

 そのまま会計を済ませる。

 斜め後ろから、男のじっとりとした視線をリヒトは感じていた。

 ごめん、先に出ていて。セオの背中を押して店の外へと出し、リヒトはもう一度男へ向き直る。


 改めて見てみると、背は高く、体は細い。

 身に着けている服は高価そうで、すぐに都市の人間だと分かった。

 深く被った帽子の隙間から覗く目は深い深い緑色。

 男は彼女の方からこちらに来るのは予想外だったようで、何だい、とでも言いたげに首を傾げる。


「あなた、何者? こんな田舎の人間じゃないでしょ」

「あはは、ごめん。いきなり若い子に話し掛けちゃって、不審者みたいだね」

「……。」

「そんな怖い目をしないでってば。僕は、ただのお喋り好きなお兄さんだよ」


 思わず訝しげに眉を顰めるリヒトに、男は顔の前で手を振ってにこにこと笑顔を見せた。

 リヒトもこれ以上は詮索しないでおこうと思ったのか単純に興味が尽きたのか、軽く睨みつけながらも店を出ようと戸に手を掛けた。


「……あ、そうだ。名前くらいは教えておくよ」

「別に知りたくないけど」


 冷たく返す少女に、男はまた困ったようにあはは、と笑い声を零す。

 気持ちの悪い奴だ、とリヒトは心の内で思った。


「僕はサティア。君とはきっと、またどこかで会うよ」

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