89話頼介
今日は週に1度の通院日だった。
俺はいつもだるくって、どこにも行きたくない気分だったけれど、病院にだけは行かないと、GINJIは許してくれなかった。
GINJIの車の助手席に乗せられ、病院に向かった。
病院では、診察以外にカウンセリングも受ける。
カウンセラーの先生は、GINJIよりちょっと年上くらいの、落ち着いた感じの男の先生。
カウンセリングは入院中から受けていたから、もう俺も慣れてきた。
医師の先生はちょっと怖い感じがするけれど、カウンセラーの先生は優しいから、俺も結構、話ができた。
俺の子供の時の話から、今の生活に関する事まで、いろいろと。
兄ちゃんの話や将太の話を訊かれる事もあって、そうすると、少し興奮したりもするけれど、先生はそんな俺を宥めながら話を聞きだすのが、上手かった。
だけど、今日のカウンセリングの主題は、兄ちゃんや将太ではなく、GINJIだった。
「銀司さんは君にとって、本当に大切な人なんだね。」
「うん、GINJIがいないと、俺、きっと死んじゃう。」
「銀司さんは、ずっと君のお兄さん代わりだったと言ったよね。今もそう?」
「う~ん、よくわからない。兄ちゃんは兄ちゃんだから、やっぱりGINJIとは違うし。GINJIにはもっとずっと一緒に居て欲しくて、GINJIに引っ付いていると落ち着くんだ。」
「それは、抱っこされたり、頭を撫でられたり、したいという意味?」
恥ずかしかったけれど、その通りだから頷いた。
「普通じゃないよね?イイ年した男が、こんなこと言うの…。」
「普通だとか、普通じゃないとか、ここでは考える必要はないよ。でも、僕は異常だとは思わないな。」
「え?なんで?」
てっきり、異常だから止めるように言われるかと思った。
「君は自分のお母さんのこと覚えている?」
「6歳までしか一緒に暮らさなかったから、少しだけだけど。」
「じゃあ、少しでいいから、今、思い出してごらん。どんなところが思い浮かぶ?」
そう言われて、僅かに残っている母親の記憶を呼び起こした。
「怒鳴ったり、殴ったりしているところ。」
「ありがとう。それ以上は思い出さなくていいよ。怖くなるといけないからね。でも、抱っこされたり、頭を撫でられたりしているところは、思い出せないんだね。」
「うん。」
父親にも母親にも、そんな記憶はない。
「今、君はショックな出来事があって、心が疲れてしまったんだと思う。それで心の中が赤ちゃんに返りたくなったんだ。それ自体は異常な事ではないよ。だけど、赤ちゃんには‘お母さん’が必要だ。でも、怒鳴ったり、殴ったりする‘お母さん’より、銀司さんみたいに優しくしてくれる人の方が、ずっと‘お母さん’らしいだろう?」
「うん。」
「しばらくの間は、銀司さんに君の‘お母さん’になってもらおう。だけど、そのためには守ってほしい事がある。」
「守ってほしい事?」
「‘お母さん’は、凄く大変な仕事なんだ。だから、‘お母さん’にも、休養をさせてあげてほしい。他の人と電話したり、出掛けたりする時間を作ってあげてほしいんだ。」
本当はそんな事しないでほしい。
そう思って俯いたけれど、先生はさらにこう続けた。
「でないと君は、大切な銀司さんを失う事になるよ。」
GINJIを失う?
そう言われると、それだけで涙が出てきた。
「こればっかりは、泣いてもダメだよ。銀司さんが壊れてしまったら、一番悲しい思いをするのは、君だからね。」
そう言われて、その日のカウンセリングは終了した。
カウンセリングルームから出ると、GINJIが待っていた。
「泣いていたのか?頼介。」
目が赤くなっていたのかな?
GINJIに気付かれてしまった。
「うん、でも平気。」
俺はそう答えた。




