88話 GINJI
俺は痛む左腕を庇いながら、車を走らせていた。
先程まで、まるで痛みを感じていなかった傷は、今はズキズキと痛む。
出血も完全に止まってはいないようだ。
だが、それよりも身体が疲れ切っていた。
否、身体的にというより、精神的に…なのかもしれない。
最近、碌に眠れていない。
少し休まないと、どうにもならない。
眠るだけなら、近くにある自分のマンションに行って、仮眠をとるのが一番手っ取り早いが、何故か俺は別の場所に向かっていた。
自分でも無意識のうちに、蓮介の部屋に行こうとしていた。
蓮介に会いたい…。
別にヤりたいわけじゃなかった。
ただ、アイツの顔が見たかった。
蓮介の部屋に着くと、アイツは驚いた様子で、俺を迎え入れてくれた。
将太くんは居なかった。
そう言えば、まだ学校の時間だ。
蓮介の顔を見ると、体から力が抜けていく気がした。
今まで張りつめていたものが、一気に緩んだような。
蓮介に敷いてもらった布団に横になった。
2時間だけ眠ろう。
そうしたら、頼介の所に戻らなくては。
睡魔はあっという間に訪れた。
………。
どれくらい眠っただろう。
冷たいもので顔を拭われ、俺は目を覚ました。
「目が覚めたか?」
蓮介が俺の顔を覗き込んでいた。
「蓮介…。今、何時だ?」
部屋の中はもう暗い。
「午前3時だ。お前、10時間以上眠っていたんだ。」
10時間だって!?
「なんで、起こしてくれなかったんだ!?」
俺は身を起こした。
だが、急激な眩暈で立ち上がれなかった。
蓮介が慌てて俺を支える。
「お前、熱があるんだ。まだ横になっていた方がいい。」
そう言われて、急に寒気を感じた。
本当に発熱しているらしい。
「頼介は?」
「佐久間さんが看ている。心配ない。」
俺に布団を掛け直しながら、蓮介が答えた。
「お前、佐久間さんの事、知っていたのか?」
頼介が事故で手術をしている時に、病院で顔を合わせてはいるが、緊急時だったし、連絡先を交換したとは思えない。
「すまん…お前のスマホに連絡が入ったのを、勝手に出た。お前の事は伝えた。頼介も大人しくしているらしい。大丈夫だ。」
そんな風に話をしていると、隣でも人影がもそりと動いた。
「GINJIさん、大丈夫ですか?」
将太くんは、俺の隣の布団で眠っていたらしい。
身体を起こして、俺の方に寄ってきた。
「大丈夫だ、将太くん。勉強の邪魔をしてすまなかった。」
将太くんにまで心配をかけるわけにはいかないので、俺はそう答えた。
「将太、お前は寝ていろ。ガキが起きていていい時間じゃない。」
「でも…。」
「銀司はお前が起きていると、かえって気を遣うんだ。寝ていてくれた方が、ありがたい。」
蓮介にそう諭されて、将太くんはまた布団に戻って行った。
「頼介の事…お前に任せきりにして、すまなかった。」
蓮介はそう言って、頭を下げた。
「仕方ないさ。あの状況で、お前に任せるわけにはいかん。」
今も蓮介や将太くんに会わせたら、どんな反応をするかわからない。
俺が看るしかない。
「今回の件だけじゃない。俺は何年も、頼介や……を置いて。」
蓮介は‘頼介’の後に、小さく‘将太’と発音した。
隣には将太くん本人もいる。
布団に入ってはいるが、まだ寝てはいないだろう。
「今はその話はやめておこう。」
俺は将太くんにわからないように、蓮介の手を握った。
蓮介が泣いている事に気付いたからだ。
蓮介自身の後悔は深い。
蓮介と再会して、俺はそれを肌で感じていた。
だが、蓮介が姿を消さなければ、今の頼介はなかった。
複雑な思いだ。
将太くんに気付かれぬよう、声を殺して泣く蓮介を慰めるように手を握りながら、俺もまた再び眠りの中に落ちていった。




