80話 GINJI
「頼介、どうした?」
俺は頼介に声をかけた。
何か様子がおかしいように思ったからだ。
心ここにあらずと言うか…。
でも、頼介は
「なんでもない。」
と言うので、深くは訊かなかった。
ここはTV局の控室。
俺達は音楽番組の収録を控えていた。
2人きりの時なら、もっと突っ込んで話を聞いてやったかもしれないが、今は他のスタッフもいる。
「GINJIさん、今日のメイクなんですが…。」
俺のヘアメイクが話しかけてきて、一瞬、そちらに気を取られた。
ところが…。
「あ、あ…。」
おかしい。
頼介の奴、やっぱりどこかおかしい!
瞳を見開き、怯えたように頭を抱えた。
「頼介!?」
俺は頼介の傍に寄って行った。
佐久間さんも異常に気が付いたらしい。
だが、頼介は突然、大声を出して、控室を飛び出して行ってしまった。
「うわぁぁああー!!」
俺達は、慌てて頼介の後を追った。
頼介は騒ぎを聞きつけて集まってきた人々に怯えるように、後ずさりした。
その振り返ったところに、たまたま鏡があった。
それを目にした時の頼介は、普通ではなかった。
「嫌だぁー!!!」
そう叫んだ頼介は、素手で鏡を割っていた。
さらに割れた破片に、何度も何度も拳をぶつける。
頼介の右手から、鮮血が迸った。
「頼介!やめろ!」
俺は頼介を抱きとめた。
暴れる頼介を、強引に押さえつける。
すると、頼介が妙な事を口走った。
「兄ちゃんが、兄ちゃんが取り返しに来る!」
「蓮介!?」
どういう意味だ!?
「将太も!GINJIも!R-GUNも!律子さんも!みんな兄ちゃんに持っていかれる!」
蓮介が取り返しに来る!?
言っている意味が分からない!
こいつらはみんな、今まで頼介が守ってきたものじゃないか!
「大丈夫だから!蓮介はここにはいない!何も持っていかない!」
結局、頼介が落ち着いたのは、番組スタッフの呼んだ救急車で病院に連れていかれ、鎮静剤を射たれた後だった。
病院に付き添っていった俺と佐久間さんは、医師に話を聞かれていた。
「では、こういった事は初めてなんですね。」
「はい、こんな事は初めてです。ですが、最近、精神的に参っていたのは確かです。」
「と、言いますと?」
そう言われて、俺と佐久間さんは顔を見合わせた。
頼介の事情をどこまで話して良いものか…。
だが、医師はこう続けた。
「私は医者です。患者様の個人情報を他所で漏らすような真似は、決して致しません。ただ、これから頼介さんは長期に渡って、精神科の支援が必要になってくるものと思われます。治療に必要な事ですから、お話ししていただけますか?」
そう言われて、俺は躊躇いながらも話を始めた。
ただ、俺から頼介への想いや、頼介から将太くんへの想いは、流石に話せなかった。
それは佐久間さんですら、知らない事だ。
医師は話を聞き終わると、頼介の様子を見てくると言って、席を外した。
俺と佐久間さんは廊下に出て、しばらく待つように言われた。
そこに、社長がやってきた。
「社長!」
「話は聞いたが…RAISUKEの奴、どうしたっていうんだ!?」
「詳しくは俺もわからないのですが、とにかく怯えて暴れて…。割れたガラスで、右の拳も十数針縫っています。」
「なんて事だ。もうすぐ全国ツアーだというのに!」
そうなんだ。
もうすぐ、俺達の全国ツアーが予定されている。
それをキャンセルとなると、莫大な損失額になるはずだ。
社長が気を揉むのも当然だ。
だが…。
「社長!」
俺は社長に土下座した。
「お願いします!アイツを休ませてやってください!アイツ…このままでは、死んでしまいます!お願いします!お願いします!」
気が付くと、佐久間さんも俺の隣で膝をついていた。
「お願いします!」
それが通じたのか、社長は全国ツアーの中止を宣言した。
そこに医師が戻ってきた。
「そろそろ薬が切れかけています。意識はありますよ。まだ普通に会話はできないかもしれませんが、顔を見せてあげてください。但し、今回の事を責めるような事は、決して言わないでください。大きな声や音も、刺激になりますから、立てないようにお願いします。」
大勢で押しかけると、刺激になるかもしれないという事で、面会は俺1人で行く事となった。
俺は緊張しながら、そして、それを顔に出さないように注意しながら、病室のドアを開けた。
窓枠に鉄柵がしてある。
監視カメラも付いている。
そうだ…ここは精神病棟なんだ。
病室の真ん中に置いてあるベッドの上に、アイツは横たわっていた。
「頼介。」
俺は声をかけながら、そっとアイツの顔を覗き込んだ。
医師は‘意識はある’と言っていたが、本当にこれで?と思ってしまった。
目は確かに開けていたが、焦点を結んでおらず、半開きの口からは涎が零れていた。
それでも俺は笑顔を浮かべ、ベッドサイドに置いてあった丸椅子に腰をかけた。
ハンカチを取り出し、口元を拭ってやる。
「お前、疲れてたんだよな。」
俺は頼介の頭を撫でながら、ゆっくり話しかけた。
「ごめんな。もっと早くに気付いてやれば良かった。しばらく仕事は休みだ。ゆっくりしよう。」
頼介の反応はない。
「そうだ。旅行でも行こうか?どこか行きたい所はあるか?どこにでも、連れて行ってやる。」
しばらく、そのまま頭を撫でていた。
すると、薬が切れてきたのか、急に頼介の目の焦点が、俺に合わさった。
「俺、GINJIと一緒に居たい。」
そう言葉を発した頼介を、俺は覆いかぶさるように抱きしめていた。




