75話 将太
『将太…。』
頼介にそう呼ばれた気がして、箸を止めた。
だけど、そんな事はあるわけはない。
ここは頼介と暮らしていた家じゃないんだから。
「どうした?」
急に箸を止めた俺を気にして、声をかけてくれるこの人も、頼介に似てはいるが、頼介じゃない。
「なんでもないです。」
俺はそう言って、食事を続けた。
この人…俺の実の父親は、思っていたよりずっとイイ人だった。
もっと厳しい人かと思ったけれど、突然、やって来た俺を優しく受け入れてくれた。
この人との暮らしも、決して、居心地悪くはなかった。
「何度も言っているが、俺の帰りを待つ事はないんだぜ。俺はいつも遅いんだから、先にメシ食って、寝ていればいいんだ。」
俺を気遣ってそう言ってくれる。
「いいんです。好きでやっているんですから。」
この人は溜息を吐いた。
でも、それは本心だった。
今、ひとりで食事をしたり、ひとりで寝たりは、したくなかった。
寂しさに耐えきれなくなる。
「それとな、お前、明日から学校に戻れ。」
「え?」
「もうずっと行っていないんだろう?」
「辞めて働くって、言ったじゃないですか。もう退学届も出してきたんですよ。」
俺は最初からそのつもりだった。
「あぁ、退学届な。保護者の署名捺印がないと無効だとよ。今日、俺が学校に行って、撤回してきた。一応、今は俺が保護者だ。文句は言わせないぜ。それと、受験勉強も再開しろ。お前、都内の国立志願なんだってな。担任が言っていたぜ。しかも、保護者が低所得なら、使える奨学金もいろいろとあるそうじゃないか。嫌味な顔をしていたが、あの担任もお前の事、真剣に考えているらしい。」
担任の三村の事も意外だったけれど、この人、そこまで調べてくれたんだ。
「でも…。」
「学歴がなくても成功できるのは、頼介みたいに特殊な才能がある奴だけだ。将来、俺みたいになりたくなかったら、勉強しろ。」
そう言って、この人は空になった食器を持って、立ち上がった。
「あ、片付けやりますよ。」
「いらん。ガキは歯磨きして、早く寝ろ。」
この人は、こんな調子で、いつも俺の事を気遣ってくれる。
頼介と別れた寂しさも、この人と居れば忘れる事ができた。




