71話 GINJI
最低だ…。
なんでこんな事をしてしまったのだろう?
頼介が出て行った車内で、俺はひとり自己嫌悪に陥っていた。
この想いは伝えるつもりはなかった。
頼介を傷付けたくはなかったから。
それをよりによって、頼介が一番傷付いているこんな時に。
だから、アイツを追いかける事もできなかった。
あれから3日が経った。
仕事中の頼介は相変わらずで、周りも疲弊しきっていたが、俺はアイツにどう声をかけて良いかわからないでいた。
だけど、このままではダメだ。
周りもそうだが、アイツがもたない。
仕事が終わった後、アイツの控室の前まで来ていた。
扉をノックしようとして、手が止まる。
あれ以来、頼介と2人きりになってはいない。
アイツは嫌がるんじゃないのか?
否、当然、拒絶される。
男にあんな事をされたのは初めてだろう。
女だって、おそらく律子さんしか知らないはずだ。
どれだけ驚いて、そして傷付いただろう。
そう思っていると、扉の向こうから、頼介の咽るような声がした。
「ゲホッ!ゲェッ!」
俺は慌てて、扉を開けた。
「頼介!」
突然、部屋に飛び込んできた俺を見て、頼介は吃驚したようだが、声は出せないようだった。
アイツは床にしゃがみこんで、嘔吐していた。
「大丈夫か!?」
俺は傍によって、背中をさすってやった。
その手に肋骨が直に触れるようで、ゾッとした。
しばらくすると落ち着いたようだが、頼介は肩で息をしながら、涙ぐんでいた。
テーブルの上には、軽い食事をした痕があったが、それも食べかけだった。
無理矢理食べようとして、吐いてしまったのだろう。
「お前…ずっとこんな調子なのか?」
俺がそう訊くと、頼介は黙って頷いた。
こんなに弱っている頼介に、なんで俺は追い討ちをかけるような真似をしてしまったんだ?
傍に居てやりたい。
だけど、傷付けたくない。
俺の中で相反する思いが、渦巻いていた。
「とりあえず、ここは俺が片付けるから、お前は横になっていろ。」
控室には仮眠用にベッドが備え付けられている。
そこで頼介を休ませて、床のものを片付けた。
何だか俺まで泣きたくなった。
頼介はベッドの上から、黙って俺の作業を見つめていた。
「頼介、帰ろう。今日は1人で帰すわけにはいかない。佐久間さんに送ってもらえ。佐久間さんも心配している。」
片付けが済むと、俺は頼介にそう声をかけた。
あんな事をしでかした後じゃ、俺と車内で2人きりになるのは嫌だろう。
だが、起き上がったアイツは、目を伏せたまま意外な返答をした。
「GINJIがいい。」
「え…。」
「俺、GINJIがいい。」
結局、頼介は俺が送っていく事になった。
車の中で、2人きりになると、俺の心臓は早鐘を打っていた。
暴走しそうになる自分を押さえつけるので精一杯だった。
頼介はあまり話しかけてこなかった。
ただ黙って、窓の外の景色を眺めていた。
窓の方を向いている頼介の表情が読めない。
だから、アイツが何を考えているのか、よくわからなかった。
そうこうしているうちに、頼介のマンションの前まで辿り着いた。
着いたのに、頼介はなかなか車から降りようとしない。
だけど、寝ているわけではないし、気分が悪くなってきたわけでもなさそうだ。
「どうしたんだ?着いたぞ。」
そう言った俺に、頼介はポツリと呟いた。
「GINJI。」
「なんだ?」
「今晩、泊って行ってよ。」
「え?」
今、なんて言ったんだ?
俺に何をされたか、忘れたのか?
意味がわからず、俺は頼介の顔を覗きこんで問い返した。
「何、言っているんだ?頼介。」
だが、コイツは絞り出すような声でこう言った。
「俺、GINJIのものになりたい。」




