6話 将太
翌朝、俺が起きた時には、既にオヤジの姿はなかった。朝食は1人で適当に済ませたらしい。これは珍しい事ではない。オヤジの仕事時間は不規則で、朝早い日も夜遅い日もある。俺はオヤジの仕事の時間なんて、はなから把握していないから、特に気にもとめなかった。
俺は自分の分の朝食を作り、1人で食べて家を出た。
学校へはバス通学だ。俺は決まった時間のバスに乗る。これ以上、早くに家を出る事も、遅くになって遅刻しそうになる事もない。何故かというと、2停留所先のバス停で乗ってくる人物を待っているからだ。
「おはよう、将太」
その人物は、バスに乗り込み、俺を見つけて笑顔を見せた。
「おはよう、希美」
同じクラスの平子希美、俺の彼女だ。ストレートの黒髪を垂らした可愛らしい女子高生。
何をやっても平均的で、特に目立つところのない俺が、唯一自慢できるものといえば、可愛い彼女がいるという事だろう。
希美は俺と同じく××大学の、文学部志望だ。というより、俺が希美と同じ大学を志望したのだ。ただし、希美は軽く合格圏内に入っているが、俺はかなり厳しい位置にいる。
「将太、今度、三者面談することになったんだって?」
「あぁ、俺の成績で××大学は、やっぱキツイかなぁ」
「ダメよ!絶対同じ大学に行くって、約束したじゃない」
「あぁ、そうだよな」
ただ、それにちょっと後ろめたさを感じる自分もいる。希美は無邪気に同じ大学に行きたいと言ってくれているが、そんな理由だけで進路を決めてしまって良いのだろうかと、俺は考えてしまうのだ。
「三者面談は、お兄さんが来るんでしょ?」
お兄さん…オヤジの事だ。
「イヤ、その、仕事で忙しいからな。親戚のおじさんが来るかもしれない」
「お兄さん、こんな大事な面談に来ないの?」
「イヤ、多分、来たいんだろうけど…。ほら!アニキ、受験した経験がないから、わからないんだよね。だからだよ」
「そうなの。お兄さん苦労人だもんね。若い頃から将太を養って。ところで、前から不思議に思っていたんだけど、お兄さんって、どんなお仕事しているの?」
「う!えーっと、普通の仕事だよ!真面目な仕事!アハハハハ!」
俺は適当にごまかした。
確かに不思議に思われても、仕方ない。年若いオヤジの収入だけで暮らしているにしては、妙に立派なマンションに住んでいて、暮らしに困った様子も見せていない。
「あ、そうだ!話は変わるけど、これ見てよ」
希美は鞄を開けて、中なら真新しいCDを取り出した。
俺は溜息をつく。可愛い彼女の唯一のどうにかして欲しい点。
「また買ったのかよ。R-GUNのCD」
「昨日、発売だったのよ!予約特典のDVD付。」
希美はR-GUNの…というより、RAISUKEの大ファンなのだ。
「ねえ、まだこれ聴いてないの。将太と一緒に聴こうと思って。今日、予備校休みだし、放課後、将太の部屋に行ってもいい?」
「別にイイけどさ。俺は興味ないぜ。」
「将太もハマりなさいよ。それで、受験が終わったら、2人でライヴに行くの。」
「はいはい…」
そんな話をしているうちに、バスは学校前の停留所まで辿り着いた。