第2話 白き洋館の彼女
気がつくと、勇輝はどこかの部屋にいた。 見上げる天井も壁も真っ白だ。 勇輝は直感した。
−−あの洋館の中にいるんだ−− おそらく俺は、倒れたんだろう…記憶が飛んでいる。
上半身を起こしてみると、軽くめまいがしたが、寝かされていたベットから降りて、カーテンで閉められている窓に向かった。
カーテンを引くと、外が闇に染まっているのを認識した。
一体何時間眠ってたんだ?
部屋を見まわすと、暖炉の上についている棚にのっている置時計を見つけた。
時計の針は、3時頃を指していた。
「さ…3時!?」
12時間以上寝ている計算だ。
「嘘だろ深夜かよ……つーか親は……?」
勇輝は着たまま寝ていたジーパンのポケットに手を突っ込んだ。
右ポケットに入っていた携帯の画面は、真っ暗だった。
電源のボタンを押しても、何も写らない。
勇輝は悪態をついた。
勇輝の親−−特に母親はかなりの心配性で、毎日勇輝や父親の帰宅を、そわそわしながら待っていて、一日中落ち着かないらしい。
そんな親だ。 警察を呼んで、大捜索をしている最中かもしれない。
あまりのショックに失神してるかもな……。
とにかく連絡しなきゃな、と思いたった勇輝は、茶色のドアから廊下へ出た。
目の前には壁。
少し左右に目をやると、今通ってきたのと同じドアがあり、それは間隔を開けて連なっている。
その間隔には、所々に四角い台があって、その上には花や美術品が置かれている。
足元には深紅のカーペットが敷かれ、やっぱり左右に延びている。
どちらのつきあたりも遠くてよくわからないが、どうやらカーブした造りになっているらしい。
どちらに行こうかと考えていると、右の方からカタカタと物音が聞こえてきた。
それはたまに途切れては、不規則な音をたてている。
おそらく、物を軽く引きずりながら動かしているのだろう。
教室掃除をするときの音に似ている。
勇輝はその音がする部屋のドアの前に立つと、ノックをした。
部屋の物音が突然やむ。
「はい…」と聞こえた気がしたので、
「部屋借りて寝てたヤツです」と言ってみた。
ドアがゆっくりと開く。中にいたのは、女の子だった。
この洋館の主人が出ると思っていた勇輝は、少し驚きながら、慌てて言葉を発した。
「あの、よくわからないんですけど、俺倒れたんですよね?…とにかく、お世話になりました。あっ!俺、香上勇輝っていいます…!」
−−まったく文章力が感じられねぇな…
勇輝は、とりあえず言いたいこと並べました!みたいな自分の台詞にちょっと落ち込む。
「…もう、具合は悪くないですか?」
彼女が落ち着いた様子で、やんわりとほほ笑みながら言った。漆黒の瞳が俺を見つめている−−。
女の子にあまり免疫のない勇輝は、戸惑いながらも、
「全然平気です」といった。
彼女は、良かった、と呟くと、突然思い出したように言った。
「香上さん、悪いとは思ったんですが、勝手に携帯で香上さんの自宅の番号を探しました」
彼女は申し訳なさそうに眉をひそめる。
「時間が遅くなってきたんで、心配されると思って……」 「いや、ありがとうございます。むしろ助かりましたよ。俺の親、かなりの心配性なんです…」
「そうですか。それはよかった…」
彼女はほっと息を吐いた。
「じゃあ夜御飯食べましょうか」
彼女−−佐奈江さんは言った。
名前はさっき聞いた。
今更だったので、
「何て呼べばいいですか?」と、遠回しに聞いた。
そんな情けない言い方にも優しく答えた佐奈江さんの申し出に、首を左右に振って答える。
「あっいや、悪いし、もう遅いんでいいです」 「遅いって、いつも何時に食べてるんですか?」
「えっと…6時くらいかな?」 「じゃあいい時間ですよ」
「えっ?」 どういう事だ?
「でも、今って3時過ぎてますよね?」 「まぁ、昼の3時はとっくに…。…!!」
佐奈江さんの顔が驚いて俯く。
「あの、どうかしましたか?」
佐奈江さんは顔を上げたが、視線は外したままだった。
「…いえ…部屋の置時計を見たんですね…」
勇輝がうなずくのを見て、佐奈江は言った。
「あれは止まってるんですよ。3時7分に」
止まってる?
勇輝が言葉を発するのをさえぎるかのようなタイミングで、佐奈江が勇輝の横をすりぬけて廊下に出た。
勢いがついた長めの髪が、ひらりと舞う。
「夕飯の準備をしますから、ついてきてください」
○●○●○●○●○●○●
二人で廊下を歩いていると、佐奈江さんが言った。
「もう少しでお医者さんが来ますからね」
医者?そうか−−
「…俺をみに?」 「はい。香上さんは日射病で倒れたんですよ?寝かせておいて、目が覚めたら一応診察するっていってました」
「そういえば、こちらの主人にもお礼を言いたいんですけど、一緒に夕飯食べますか?」
佐奈江はポカンとした表情になって、それからフフっと笑った。
「それは、心配しなくていいです。もう言われましたから」 「…えっ?」 勇輝も負けずにポカンとなる。
……もしや……!
「私が、ここの屋敷の主人です」
こうして、白い洋館の主人との出会いは、日射病から始まったのだった。