1
10月17日ーAM7:45
私はサンフランシスコ警察局に行き、三階にある自分の机の上にドライブスルーで買ったコーヒーを置いた。
「デイビィ、どしたんだい?今日は休みのはずだろう?」
向かいの席に座るジャッキーは私よりも二十歳近く歳上で母性的な印象を与える女性だ。いつものように、彼女の机にはピーナツ缶と炭酸飲料が置いてあり、カロリーが彼女の体に及ぼす影響を全く気に留めていない様子だった。事実、彼女の体はオフィスチェアーに収まるギリギリというところだ。
「仕事をしたくてね」
私はイスには座らず、コーヒーを一口飲んだあと、ジャッキーの問いに答えた。
「嘘おっしゃい。忘れ物でもしたのかい?それとも家にいれないのかい?」
忘れ物はしていない。だが、確かに家にはいたくなかった。それはいつものことだ。一人暮らしには広過ぎる戸建てにいるは辛かった。ティナとの思い出が残り、温もりの無い自宅を私は就寝するためだけに使っているようなものだ。
「デイビィ、あんたは優秀な刑事だよ。この前も一つ事件を解決したばかりだ。少し休みなさいな」
「あの事件を解決したのは私じゃない。ポーター刑事だ」
「ポーターのクソ野郎。またあんたの手柄を横取りされたのかい?」
「別にそんなことはいいんだ。実は今朝のニュースが気になってね。それで、いてもたってもいられなくて、来たんだよ」
「ああ、またカロンが出たそうだね。新聞でも一面だよ、ほら」
ジャッキーは机の上にある畳まれた新聞紙を人差し指で二回叩いた。“連続殺人鬼カロン未だ捕まらず。遂に被害者数二十人に”
大きくそう書かれた記事は今朝家でも何度も見たものだった。
「物騒だよ、ほんとに。殺されたのはまだ十九歳の女の子だってね、可哀想に。でも私らに出来る事はないよ」
ジャッキーは親指を立て、彼女の後ろ側に位置するブラインドが降りた部屋を示した。
「カロン捜査班が昨日から躍起になってるよ。なんせ、FBIが来るらしくてね。捜査権を取られたくないから必死さ」
ジャッキーは言った。
「現場は見れるかね?」
「デイビィ、気持ちは分かるけど、カロンのことは彼らに任せるんだ」
「今は別に担当している事件も無いんだ。捜査に協力してもいいと思うが」
ジャッキーは口をへの字に結び、大袈裟に首を振った。
「いくらあんたが優秀な刑事でも、現場には入れないよ。もう遺体も片付けられてる頃だし、諦めなさいな」
そういう訳にはいかなかった。十九歳の少女を殺した犯人が連続殺人鬼カロンとして逮捕されることだけは避けたかった。FBIも動き出せば捜査は大々的なものになるだろう。私には誰よりも先に今回の事件の犯人を見つける必要があった。
「現場の詳しい場所を知ってるんだろう?教えてくれないか?」
「まったく…。聞く耳を持たないね。教えてもいいけど、今夜は一杯奢っておくれよ」
「ああ、いいとも」
ジャッキーから事件現場の場所を聞くと、私は飲みかけのコーヒーを一気に飲み干し、警察局を出て駐車場に停めてあった自分の車へと乗り込んだ。