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よく行く場所での会話

 晴れた空の下、小さな花束を肩に乗せて鼻歌交じりに一つの小さな店へと入っていった。

 客が五人でも入れば店の中は目一杯になるという具合の小さな道具屋。

 両壁天井まで棚にし、中央にはテーブルを配しレースのクロスの上に、綺麗な花の生けられた花瓶が小さなボックスの天辺に飾られていた。

 その周りにも、様々な小物が飾られており店主が女性だという事が窺われる。

 店の突き当たりのレジカウンターは広く一部が二段式になっており、客側からはレジの中が隠されている。

 朧は開け放たれたままのドアを閉め、躊躇う様子もなくディスプレイの花瓶を手に取り奥へと進んだ。

津雲(つくも)さん、お邪魔するよー」

「あら、今日もサボりかしら?」

 朧の声に応じるように、レジの奥から店主が顔をのぞかせた。

「そりゃ津雲さんの綺麗なお顔を拝見するのが自分の日課ですから」

「あら、顔だけしか褒めてくれないの?」

「褒め始めたらきりがないもの」

 からからと笑いながら、手にした花瓶をカウンターの上に置きそのまま津雲の側に掛けるとまじまじと彼女を見つめた。

 “妖艶の美女”と、彼女を知っているものならばまず評する。

 きめの細かな肌にすっと通った鼻筋。やや下がった瞳の右側だけに小さな泣き黒子もまた、その評価を納得させるに値する。

 朧はそんな彼女の黒い瞳を間近で見つめたまま、ぽつりと呟いた。

「寝てない?」

「あら、流石にわかるのね」

「そりゃあね。そこらの男は津雲さんのお顔拝見しただけで舞い上がっちゃうから気が付かないだろうけど」

「あら、困ったわ……夫婦喧嘩の火種になりたくないのだけれど」

「たぶん手遅れなところ数件知ってる。ま、どうでもいいけど。ちゃんと寝ないとダメだよ。どうせまた、本に夢中になって昼もまだなんじゃないの?」

 くすりと笑いあい、ようやく近づけていた顔を離しレジ横に置いてあった時計を示した。

 もう十四時を半分は過ぎている。

 そして、津雲も示されてからあら、と細い指先を頬に当て朧に言い当てられた事に気が付いた。

「良い花あったから替えてきたら、何か買ってくるよ」

「そう? お願いしてもいいかしら?」

「もちろん。そのために来たようなものだし、何かリクエストある?」

 奥借りるねと告げながら、花瓶に挿してあった花を流し台の下から新しい花瓶を取り出しそちらに移しかえ、そのまま休憩室へと飾った。

 休憩室とはいっても、生活必需品と思われる必要最低限の設備があり生活するにも十分な広さがある。

「津雲さん、あのソファようやく捨てたんだ」

「なにを言ってるの? カバーを変えただけでまだ使ってるわよ」

 ふと目に付いたキルトのカバーが掛かっているソファを見て、少しばかり寂しそうに呟いていた朧に津雲はその後ろに立って目の前の黒髪を優しく撫でた。

「マジ? あのオンボロも頑張ってるな」

「そうね。あなたが此処に居たときに持ってきたものだもの」

「しかも、捨てられる直前に貰ってきた奴ね」

 懐かしそうに言いながら、ソファに近づくことも無いまま朧は、新しい花を入れ替えた花瓶をもって再び店内へと足を戻した。

 明るい色で纏められた花を飾るだけで、店の印象も変わるようだった。

「さて、と。何食べる? 一応、ヘンリーのパン屋に行くつもりだけど」

「あら、それならキマイアンパンお願いしていいかしら?」

「キマイ……? そんなのあったっけ?」

 良く行く店先にならぶパン屋のメニューを思い出しながら、彼女の言うものが思い浮かばない朧は顎に手をやりながら考え込んだ。

「あら、違ったかしら? ほら、蘇叉の塩で漬けた果実を使ってるって言う」

 だいぶ前に一度見たきりで、メニューが共用語と蘇叉の言葉で書かれていた為にどうやら間違えて覚えていたらしい。

 しかし、朧は追加の説明にあぁ、と頷いた。

「梅あんぱんね。はいはい、買って来ましょう」

 笑いをかみ殺しながら、ちらりと店主を見やれば妙齢の美女には些か似つかわしくない、微かに頬を膨らませてこちらを睨んでいた。

 時折見せる津雲の子供っぽい仕草に、朧はもう一人の顔馴染みの男店主を思い出して「これだからライバルが多いんだよね」と呟いた。

「あぁ、朧。ついでに奥様がいらっしゃるようだったら教えてちょうだい、後で先日のお礼を言いに行きたいの」

「何してもらったの? 荷運びとかくらいなら自分に声掛けてくれれば良いのに」

「あら、たいしたことは無いのよ。ただ、ヘンリーさんに新作のパンの味見をさせていただいたの。それだけよ」

「なるほど、そのお礼ね。旦那のほうに言ったら、大変な事になりそうだし」

「あら、ちゃんと奥様にご招待いただいたのよ。それに、今のあなたをこれ以上こき使ったらあなたのファンの子に何を言われるか分からないもの」

「そしたら、ちゃんと津雲さんは特別な人だって説明して差し上げますよ」

 わざとらしく両頬を自分の人差し指でふにっと持ち上げて笑みを作り言う朧に、津雲は少し懐かしさを含ませた笑みを返した。

「お茶を淹れて待ってるわね」

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