街中でよくあること
ここ数日続いていた雨も上がり、久しぶりの太陽にあちらこちらの家では洗い立ての洋服やシーツが風を受けて軒先にぶら下がっている。
アーヴェラのイングワズ区では三階建てのレンガ造りのアパートが立ち並ぶ一角があり、アパート同士の細い路地はそんな洗濯物で屋根が出来上がっていた。
今日は気温も高く、休みともあって朧はいつもの白いコートを寮においたまま、適当な上着を羽織って愛剣だけ手に持って軽快な足取りで先を進んでいた。
同時にしかし……と、いつもの事ではあるがコート一つ着ていないだけで彼女に声をかける者の数がガクリと減る。
今日も協会をでて少し歩けば、確かに見知った顔馴染みは遠慮なく声をかけて来たが、中央ジャラ区を抜けたあたりでは、こちらが覚えていても相手の反応が一瞬止まる事があった。
まあ、本人もあまり気にはしていないが、こうもあからさまだと眉間にしわを寄せて首を捻りたくもなる。
唸りながら細い路地を抜ければ、ハンター達の露天が数並ぶ通りにでた。
商人組合から発行される特別免許を持った者たちは、協会に申請しこの通りだけでの商売を許可され、各国の行商人たちはまた別の通りを用意されそこで店を開き、軒先に証明書を掲示している。
しかし、全ての商人たちがみな同じようにきちんと申請をしているかと問われればそうではない。
通り過ぎようとした花売りの店。
カートを利用して色、形様々な花がいっぱいに飾られていた。
「いらっしゃい! キレイだろ、彼女へのプレゼントや大切な人へのお見舞いに最適だよ!」
声をかけてきた女は間違いなくハンターだ。作業用の板を取り付けたカートの陰、客の目に付きにくい位置に剪定用とは考えられない大降りのナイフが見えた。
そして、カートに下げられた道具袋には剪定用のハサミや包装用品があったが、肝心なものが見えない。
「お兄さん、良かったらどうだい?」
「そうさねぇ……」
愛想良く声をかけてきた女に朧は、少し考えて通りの左右を見回した。
「これ以外にはやっぱり扱いない?」
ある種の決まり文句。それに彼女は困ったように頬をかいて、無いよ、すまないねと素直に返事を返した。
「そか、なら仕方ないね」
そう言ってからようやく、朧は首に掛けてた物をちらりとみせ、後退った女をなだめた。
「ちぇ、それが面倒なんだって」
「んじゃまあ、もっと簡単に行こうか?」
「なにを?」
「目立つ花ってどれ?」
こともなげに問いただせば、驚きはしたが意図を察したようで少し考えてから、自分の右側から三本目の花を引き抜いた。
「後は勝手にいいかい?」
「プレゼント用に安くしてね」
にやりと笑い、小さな花束を作ってる間に、一度だけその場を離れ数分もしないうちに戻ってきた。
出来上がった花束は明るい色でまとめられていた。
「んじゃ、これで」
彼女が値段を言う前に小銭を取り出し、朧は作業用の板の上に広げた。
明らかに少ない金額に流石に呆れたように口を開こうとした女だったが、それよりも先に、わざとらしく「あれ?」と声を上げてしゃがみこんだ朧の行動を見守った。
「落としたらダメでしょ。んじゃ、ありがとね」
「え、あ……」
文句を言うよりもくしゃりと曲げられた用紙は、短期特別免許と書かれたものだった。
そして女は見事に、場所代だけ引いた金額を置いてった朧に苦笑いするしかなかった。
それから数時間後。朧はいつものコートを着て知人の自警団員と共に再び同じ場所に訪れていた。
もっとも、そこは花屋から数十メートルも離れた場所。
少しの間だけ、朧は後ろに控え自警団員の一人が男店主と話しをしていたが、直ぐに組み立て式のテーブルが吹き飛んだ。
小太りの男店主が見た目に似合わぬ速さで走ってきた。
咄嗟に、花屋の女や近くにいたハンターたちが飛び出し、その進路を塞げば奇声をあげて迫ってきた。
そして、ちょいっと足を出すと直ぐに男店主は体を震わせ地面へと倒れ込んだ。
息巻いて飛び出してきたハンターたち誰一人、後ろからようやく追いついた自警団員の誰一人も触れていない。
「皆さん、ご協力ありがとうございます」
茶髪の人好きのする笑みを浮かべた男が、地面に倒れた小太りの男を取り押さえ言うと隣に居たもう一人が、後ろからのんびりと歩いてきた朧へ声をかけていた。
「協会治安維持部キュエール隊、守護者久遠朧より守護隊長へ。移送魔法陣展開を要請願います」
首元に掛けていたリード石を握り、面倒そうにいつもの一律を紡げば地面に金色に光る魔法陣が現れた。
「んじゃ、二人とも後任せた」
「はい。お手数掛けました」
「おー、じゃあな」
二人は短く別れの挨拶を済ませると急いで、元の道を走って戻り始めた。
それを見送った朧は、やれやれと溜め息を付いて後ろに立つギャラリーへ軽く手を上げて撤収するように呼びかけた。
最後まで残ってたのは先ほどの花屋の女。彼女に向かい朧はお疲れさんという様な笑みを浮かべた。
「こんなことなら、もっとあんたには吹っかけておくんだったよ」
「あらヒドイ。でも、助かったよ」
「そう? まあ、お互い様ってところか」
「面倒なの来たんだ」
「アレから直ぐにね」
定期的に巡回している商人組合関係者(もしくは協会員)が来たという女に、朧は苦笑いを浮かべた。