後編
あれから、オレと妹はメイドさんっぽい人に別々の個室に案内され、明日は頑張ってくださいとエールを送られた。つまり、そこで今日は寝ろということらしい。これはもしかして夢だったりしないだろうかといまさらながらに思いながら、眠りについた。
そして、明けて翌日。まあ、フツーに夢じゃありませんでした。いや、むしろ悪夢か?
「勇者さま! 今日は大食い大会ですっ! 早く起きて下さいませ!」
いきなりガタガタと揺さぶられる。目を開けると、アーリベルがオレの肩をつかんで力任せに揺すっているのが分かった。
「ちょ、分かった。起きるから! 揺さぶるのやめて下さッ!」
そう叫び、なんとか揺するのをやめてもらった。落ち着く間もなく、アーリベルが口を開く。
「さあ、こちらでお召かえを行ないます。お手伝いは?」
「いりませんッ!」
お貴族サマじゃないので、そんな羞恥プレイは無理デス。
隣の小部屋に移ると、なんかすげー豪華な服が置いてあった。男物の服だがヒラヒラフリフリの、いかにも中世ファンタジーなカンジの服だ。だらだらしていると問答無用で踏み込まれそうなので、着なれない服だがなるべく速やかに着替える。それから小部屋を出た。
「よし、お着替えは終わりましたね。では、いよいよ大食い大会です」
アーリベルの言葉にぐわっと胃が重くなる。あんなもの食べられねえと、胃が抗議活動を繰り広げているのだ。ウン、そうに違いないネ。
「あのー、やっぱ無理で……」
言いかけたときに、個室の扉が開いて人が放り込まれた。恥じらっているのか、顔が赤く染まった清楚な美人だ。その人を見た途端、ドキリとした。うわお、オレの好みドまんなかなんですが。
「あの、あなたのお名前は?」
「アトレンだ」
「へ?」
「アトレンだッ!」
ほおを紅潮させ、目の前の美人は叫んだ。ヤケクソ感がとてもただよっている。
その叫びを受け、よくよく見返してみるとそこはかとなくアトレンの面影があった。結構バッチリ化粧してるから良く分からんし、あんまり分かりたくない。
「ま、まさかホントに女装させられたのか?」
恐る恐る尋ねると、清楚美人はそっぽを向いた。これは本物のようだ。
えー、マジかよ。またオトコかよ。数十秒前のオレのトキメキを返せ!
強制女装はかなり哀れっぽいが、情けはかけない。裏切りの恨みは深いぞ、アトレン。
「うん、なかなかの出来ね。では勇者さま、大食い大会の会場へ行きましょう」
アトレンを見て満足したようにうなずくと、アーリベルはオレとアトレンを引っ立てるようにして歩きだした。女の子とは思えないほどハイスピードで進んでいく。なるべく遅く進みたいオレの心情は、少しも察してくれていない。
誠に残念ながらあっという間に城の中を抜け、かなりの広さがある広場に出た。どうやらここが会場のようだ。中央には細長いテーブルがいくつも置いてあり、その反対にはものスゴイ人数の観客がつめかけている。うおーと思いながら見ていると、キャー、勇者サマガンバってー! とか、ガンバレよ、勇者! などという声援が飛んできた。
どうでもいいけど、大食い大会出場者が勇者っておかしくないか? おかしいだろ。だって大食い大会だぞ? とにかくものを食うってだけだぞ? それで勇者? 勇者の価値観ダダ崩れだろ。
「こやつが今代の勇者か」
悶々と考えていると、偉そうな声がした。
そちらの方を向くと、とんでもなく顔の整った男が目に入る。浅黒い肢体は筋肉質だが、ただ筋肉が付いているのではない美しい体だ。これだけだとなんかこうカナリのイイ男のようだが、実物はそうではなかった。なんつーか、表情がアホっぽい。
「ふむ、モヤシだな。見るからに胃が小さそうだ」
「バカにしないでいただきたいですわ、フィオバ殿。我がリオニア王国の勇者は何者にも負けません」
なんとこのアホっぽいのが魔王だったのか。うおー、なんかこうイロイロなモノが壊れて行くッ。
「どうだかな。まあ、優勝できたら勇者にも褒美を与えてやっても良い。願いをなんでもひとつ、叶えてやろう。もちろん、異世界へ渡ることもできる。せいぜい努力するのだな。では、始めようではないか」
わざとらしいほど偉そうにフィオバは言った。背中が反って顔が見えない。はっきり言って、変。
にしても、元の世界に帰ることもできるってそういうことか。
納得していると、フィオバの後ろからぞろぞろと人が出てくる。
「今回の挑戦者たちだ。我が優秀なる配下のなかでも、特に健啖家として名を馳せている者たちである。このなかの誰よりもこのフィオバ特製ライメンを食べることができたら、優勝と認めてやるとしよう」
出てきた人々は、ハンパじゃないぐらい沢山いた。パッと見でも百人は優に超えているように感じる。え、マジでこんなに挑戦者がいるんすか。これは……。優勝しないと帰れないし、ホントにヤバいぞ。もっとアットホームな大会だと思ってたのに。
あまりの人の多さにビビッていると、アーリベルに前へ突き飛ばされた。危うく転びそうになる。
「ご勇戦されることを祈念しておりますわ、勇者さま」
おしとやかに手を振るアーリベルと、物陰に隠れようと必死になっているアトレンが対照的だった。勝者と敗者ってカンジで。オソロシー。
仕方がないから人の大群とともに同じテーブルにつく。落ち着きなく視線を巡らせた。すると相手方の大群の表情が暗いのが目につき、今度は意図的に周囲をキョロキョロと見回す。
「オマエが今回のイケニエか。お互い運がないな……」
すると、偶然に目がった隣の人にしみじみとこう言われてしまった。え、ナニソレ。
「え、あのイケニエって」
「オマエもあの激甘ライメンを食べるんだろう。イケニエでなくてなんだ。フィオバ陛下の配下の間では、大食い大会が開催されるたびに出場権の押し付け合いをしている。オレも部下にはめられてな。あのいたずら好きには何度煮え湯を飲まされたか分からないが、今回は最悪の部類のいたずらだ」
そこで嘆かわしいとばかりに隣の人は屈強な体をゆすった。身なりからしてそこそこの身分はありそうなその人からそこはかとなく漂っている威厳が、疲れたようにかき消えた。
「本当はこんなもの、バカバカしいやらおぞましいやらで万一出ることになってしまっても、わざと速く脱落するのが一番いいのだが……。大食い大会に出場したからには全力を尽くさないと、死よりも恐ろしい罰則が待ち受けているともっぱらのウワサだからな。しかも、あながちウワサとも言い切れないから手も抜けないんだ。どちらにしろ生き地獄が待っているという寸法だな、悪趣味な」
「じゃあ、味覚がおかしいわけでは……」
「当たり前だ。おぞましいことを言うな。フィオバ陛下だってあんなライメンは一口も食べやしない。あの方の場合、もがき苦しんでいるのを見るのが楽しいんだ。ま、ヒマつぶしに丁度いいってところだろうな」
マジすか。ホントに魔王だな、フィオバ。もがき苦しんでるのを見るのが楽しいとか。オカシイだろ。
魔王の無情とこの世の理不尽に押しつぶされそうな気分になっていると、目の前に例のゲロ甘ライメンは置かれた。
「始めと言われるまでは、皆さんさじを持たないようにして下さい。この行為を行なうと失格になります。お気を付け下さい」
注意事項を言っているのは、このあたりにライメンを配膳している女のコ、つまり妹だった。
「オイ。ナニやってんだ、妹!」
「何って、お兄ちゃんの応援だよ? 私は何もできないから、こうやってお手伝いをして、少しでも役に立てたらなって」
はにかんだように言う妹に感動する。よもや妹からこんな言葉が聞けるとは!
「――ゆーのは真っ赤な嘘でーす。ここにいたら、アホ兄が激甘ライメンでのたうち回ってるのをすぐそばで観察できるから。ヒマつぶしにはちょうどいい」
「オマエもかー! ヒマつぶしとか言うな! イマのオレにその言葉は禁句だ!」
あーもう。どうも朝から妹を見ないと思ったら、こんなことしてたのか。どこのどいつだ、妹にこんな仕事を斡旋したのは。
「それでは、今から第百三十六回大食い大会を開催する! 制限時間は二時間だ。それでは、始め!」
周囲をしつこく見回すも、フィオバによってすぐに戦いの火ぶたは切って落とされた。テーブルについている人間が一斉にさじを持つ。オレも慌ててさじをにぎった。
押し寄せる拒否感を、そんなものはないと自己暗示をかけて亡きものとし、まずはひとくち。吐き戻しそうになるのをこらえて、間髪入れずに次のひとくち。ハイスピードでまる飲みすれば、多分きっとおそらくダイジョウブ。そうオレは信じてるゼッ!
そうして十杯食べた。今もテーブルについているのはスタート時の約半数だ。残りの半分はテーブルの下あたりで悶死している。痛々しい。オレも他人のこと言えないけど。早くも三途の川の向こうで、死んだばあちゃんが手を振っているのがうすぼんやりと見える。シビアだ。現実はシビア!
「勇者サマ、ガンバってぇ! ほら、兄サマもやって! 合言葉はカワイイワタシ、サイコー! 恥ずかしがらずにやる!」
「なぁあああにがカワイイワタシ、サイコーだ、イクタ! お前のように恥も外聞もどこぞに放り捨ててきたわけじゃないんだッ! できるかッ!」
BGMもシビア。切ナイ。
あれからさらに時間が経って、オレはゲロ甘ライメン二十五杯目に突入した。残っているのはオレを含めてあと五人だ。さっさと沈没してくれぇ! じゃないと死にます、マジで。口の中がピリピリする。ばあちゃんもさっきよりさらにクッキリハッキリした。しかしまだ細かいしわは見えない。こうして見るとちょっと若返って見える。新発見だ。……ハイ、現実逃避です。しないと保たないッつの!
「あと五人か。まあ、これぐらいはまだまだできて当然の数字だと思いません? スサラ姉さま」
「そうね、アーリベル。なのにもう青い顔しちゃって、情けない勇者だわ」
オイ、外野。ならオマエらやってみろぉおおお!
心の中で絶叫中。口には出しません。イマ、あの魔女どもに攻撃されたら死亡確定ですカラ。小市民な兄ちゃんは、妹をはじめとする長いモノには巻かれます。
あれからどれくらいたったのデショウ。今何杯目に挑戦しているのかすら分カリマセン。すでにオレの世界から時間は消えマシタ。しかも、口内の神経は寸断し、胃はひっきりなしに内容物を逆流させようとしているのです。ああ、すぐそこに死んだばあちゃんがッ!
「おお、あと一人だ。やったね、お兄ちゃん。ついに一騎打ちだよ!」
愛らしいオレの妹サマの声で、一瞬正気に返る。あたりを見回すと、挑戦者はまだテーブルについているオレの隣にいたあの人を残すだけとなっていた。ゾンビのような顔をして、ライメンを口に詰め込んでいる。おそらくオレもそうだろう。なんと不憫な!
しかし、それもあと少しの辛抱だ。あと一息。気合を入れて再び食べ始めるも、胃のむかつきだけはどうにもならない。そもそも腹がはちきれそうだ。キモチワルイ。意識の混濁が始まる。ああ、お花畑が見えるよ……ッ! ばあちゃん。オレ、もういいかな? え、ダメ? 馬車馬のように働け? ソウデシタ、妹はあなたに似たんデシタ。ああ!
あぶら汗でべたつく手を必死に動かす。口は最早動いていない。とにかく胃に流し込めがただいまの行動コンセプトだ。
すると、隣から人が消えた。のろのろと首を回すと、あの人は倒れていた。やった、勝った! そう思うと同時に、今度こそオレも意識を失った。
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「勇者さま! 今日は大食い大会ですっ! 早く起きて下さいませ!」
いきなりガタガタと揺さぶられる。おえ、気持ち悪いからやめてくれ。
顔をしかめつつ目を開けると、アーリベルがオレの肩をつかんで力任せに揺すっているのが分かった。オイ、マジでやめろ。何はともあれとにかくヤメロ。
「ちょ、分かった。起きるから! 揺さぶるのやめて下さッ!」
そう叫び、なんとか揺するのをやめてもらう。マジで胃の中がリバースしてしまう非常事態に見舞われそうだった。
揺すぶられなくなり、落ち着いて考えるとふとおかしなことに気付いた。
「アノ、大食い大会は終わりましたよネ?」
「いえ、これからです」
「え?」
先ほどまでのアレはなんだったんだ? まさかの夢オチ? え、いやいやいや。だとしたらこの腹の重みはなんだ。押し寄せる吐き気は? プレッシャーのせい? まさかの気のせい?
いや、違う。違う、はずだ。もう終わったんだ。大食い大会は終わったんだ! これはドッキリ! もしくはこれぞ夢だ!
「さあ、こちらでお召かえを行ないます。お手伝いは?」
アーリベルの問いを黙殺する。
認めない。オレは認めねぇぞッ!
The end?