中編
「大食い大会で国を救うってどういう意味なんです?」
意味不明な発言に固まっているオレのかわりに、いまだにオレを盾にしたままの妹が尋ねた。つーか、順応早すぎだろ。妹よ。
ってか、フツーに言葉通じてるな。なんでだ? 気にしたら負けなのか?
「文字通りの意味です。というか、あの。あなたは?」
「ああ、私は勇者の妹です」
「妹君でしたか。申し遅れましたが私はここ、リオニア王国の第一王女アーリベルと申します。勝手なこととは分かっておりますが、勇者さまにリオニア王国を救っていただきたいのです」
最初に駆けてきた女のコ、アーリベルは悲しげに告げた。妹とはまた違った、はかなげな美人だ。
「この国は大食い大会で優勝すれば救えるんですか」
「はい。それに、そうすれば勇者さま方も元の世界にお帰りいただけます」
妹の問いにアーリベルはきっぱりと答えた。え、ホントに?
「この国を襲う魔王フィオバは、定期的に大食い大会への参加を迫って来るのです。普段は西の大海の彼方にある魔大陸に引っ込んでいるのですが、ときどき暇だからという理由で大食い大会を主催するのです」
暇だから? え、そんな理由で?
「そんないい加減な理由で開催されるものなら、無視してしまえばいいのではないですか?」
「それが、参加して、その上優勝しなければ攻め入ると脅されていて……。魔大陸の者たちは超常の力を操ることができ、文明もずっと進んでいます。リオニアでは勝つことはできないでしょう」
それに戦えば民が傷付きますから、と沈痛な表情でアーリベルは言った。思わず力になってあげたくなってしまう。
「では、なぜ大食い大会参加者をリオニア国内で募らないのです?」
「大食い大会で食べるものはフィオバから指定されているのですが、私たちの味覚では量を食べることなど耐えられないような代物なのです」
それを憐れんだのか、天空神ミアさまが大食い大会の前日になると勇者さまをここ、召喚の間へ遣わして下さるようになったのです。極めて純真な表情で、晴れやかにアーリベルは言った。
「…………。具体的には、どのような味なんです?」
「甘いのです。ありえないほど甘いのです。私たちでは、わずかな量でも気持ちが悪くなってしまいます。大食い大会では死ぬほど食べないといけないのに」
妹はちらりとオレを見た。
「世界一素晴らしいオレの妹よ。頼むから、かわっ――」
「ムリ」
にいちゃんは さいごまで いえなかった。
って、エセRPGやってる場合ではなく。
「なんでだよ。オレは甘いの苦手なんだよ。しかも薄味愛好家なんだよ。かわってくれよ、オマエ甘いモノ好きだろ」
「大食い大会なんか出たら太る。私がどんだけ苦労してスタイル維持してると思ってんの。気持ち悪くなるほど甘いモノを、死ぬほど食べたりしたらどれだけ体重増えるか。考えるだけでムリ」
くっ、これは無理っぽいぞ。妹の美容にかける情熱はすさまじいものがある。オレごときでは太刀打ちできない。って、ごときって自分で言っててめっちゃ悲しいな。
「まあ、ひょっとしたらこの国の人たちは、お兄ちゃんを超える甘いモノ嫌いで薄味好きかも知れないし。そうしたらお兄ちゃんでも大丈夫だって。応援してるから、ガンバって!」
妹は今までの不遜な態度をあっさりとひるがえし、ポップでキュートという謳い文句でもつきそうな調子で言った。変わり身の速さは神速な、オレの妹です。
「甘いモノが苦手? ですが、伝説によると勇者さまは毎回大食い大会で優勝しているそうです」
「毎回?」
「ええ。リオニア建国以来、何度もフィオバは大食い大会を開催しています。今回はええと、第百三十六回大食い大会になります」
ひゃっ……! 多すぎだろ。どんだけだよ。
「ちなみに、あちらに描かれているのが、リオニア建国の祖にして初代勇者さまです」
アーリベルはホールの中央に掛かっているタペストリーを指さした。
そこにはあの翼つきライオンと、星条旗を持った白人の、尋常ではないくらいでっぷりと肥え太った男が描かれていた。いかにもテレビの大食い企画とかに出場していそうな体型だ。
……えーと、うん。あ、そういや翼つきライオンはいなくなってるな。なんだったんだろーな、アレ。
「あの、現実逃避してもダメだから。うわあ初代勇者はアメリカ人か。アメリカ人でも人によると思うけど、あのタペストリーの様子から察するに、めっちゃくちゃ甘いという線もあるかもね。ガンバレ、お兄ちゃん」
妹からのエールが痛い。もうぐッさぐさ心に刺さる。
「やっぱ、かわっ」
「ムリ」
ですよねー。妹サマがかわってくれるはずがありませんデシタ。
悲しみに沈んでいると、思わず目を引くようなセクシーな年上美人さんがオレの目の前へ台車を押してきた。その上には銀色のトレーと、フレンチ料理なんかで良く見るようなトレーと同色の銀のおおいがしてある何かが乗っている。
「初めまして、勇者さま。私は王妹のスサラですわ。勇者さまが大食い大会でお食べになるものをお持ちしました」
美人さんもといスサラさんは、魅惑の笑みを浮かべながらおおいを外す。中から現れたのは、地球のラーメンに良く似た麺類だった。
「ライメンと申しますの。もともとはリオニアの庶民の間で人気の食べものだったのですが、フィオバが目をつけまして。これはフィオバ特製の大食い大会用ライメンですわ」
どうぞ一口お食べになってみて、と促され、トレーの上にあったふたまたのさじを手に取る。恐る恐る麺をさじに巻きつけ、においを嗅いでみた。
くんくんと鼻をうごめかすと、甘い香りがした。しかも、メープルシロップ的な。
「む、無理です。これは無理です」
「そのようなことは言わずに、どうぞお食べになってみて」
弱音をはくと、間髪いれずに女のコがオレに飛びついて来た。金色のふわふわした髪が愛らしい、見たことのないコだ。しかし、このコもカワイイな。ちょっとウチの妹と似てる。
「私はアーリベル姉さまの双子の妹、イクタと申します」
にこやかにほほ笑むイクタ、をいきなり違う男がオレから引き剥がしにかかった。びっくりするぐらい顔の整った、オレと同い年ぐらいの男だ。
「もう我慢できない。なあにが、フ・タ・ゴ・の・イ・モ・ウ・トだッ! お前は男だろう、イクタッ!」
びしっと、オレは固まった。オトコ? このコが?
「もう、なんで兄さまったらバラしたりするんですか。折角、騙せてたのに」
「だからだ、だからッ! こんな詐欺、見過ごせるか。初代勇者以外は大食い大会でみんな悶絶してるとか、そういう都合の悪い事実を綺麗どころをバンバンぶつけてうやむやにしようとしてるとか。王族のやることか、コレが!」
悪びれもしないイクタを男が怒鳴りつけた。あー、なんか納得かもという妹の言葉が、オレの悲しみをかきたてる。そんな計画があったのか……。つーか、悶絶してるって……。ああ、もう何も考えたくない。
「もう、何全部バラしてんのよ。そもそもこれは、代々ウチで受け継がれてる対処法なのに。ありえない、兄さまったら」
「本当にね。ったく、これだからアトレンは」
口調すら変え、アーリベルとスサラさんが男(推定、アトレン)をののしる。
「改めまして、勇者さま。僕はアーリベルの双子の弟、イクタと申します。趣味は女装です。ヨロシク」
イクタがうふふっ笑いながら自己紹介をしなおす。けれど、女の子にしか見えなかった。魔性だ。マジ魔性。
「もう、こうなったらアトレンにも女装してもらうわ。明日の大食い大会で、女装して勇者さまを応援なさい!」
「え、いや。叔母上、それはちょっ」
「叔母上と呼ぶなと、常日頃から言ってるでしょう。忘れたの?」
スサラさんは、絶対零度のオーラをまとわせてアトレン(でいいや、もう)に微笑みかける。ギギギと音がしそうなほどぎこちなく、アトレンは首を振った。
「ち、父上! なんとか言って下さい」
アトレンは背後にいる、一番偉そうな男性に助けを求めて声をかける。
「諦めろ、女には勝てない。それが世の常だ」
「父上ー!」
あえなく見捨てられていた。悲痛な断末魔が痛い。思わず親近感が湧き、近づいて肩を叩いた。
「なんかこう、お互い大変だな」
「済まない。あいつらはいつもいつもいつも、好き勝手なことをしているんだ。それを止められた試しがなくて……」
悲しげに首を振るアトレンにハンパないシンパシーを感じる。分かるよ、兄ちゃんは大変だよな……ッ!
「どうしてこんなに兄ちゃんの地位は低いんだろうな……」
「そうだな。もう嫌になる」
顔を見合わせ、お互いが受けてきたであろう理不尽な行為に思いを馳せる。そして、しっかりと握手した。
イマ、ここに不遇な兄ちゃん同盟が結成された!
「嫌になってるのはコッチだからね、兄さま。これは先祖代々の生きる知恵なの」
「生きる知恵? 異世界から赤の他人を拉致して無理やりイロイロやらせるのがか! どう考えてもおかしいだろ!」
アーリベルの冷たい言葉に、果敢にもアトレンは挑んでいく。ガンバレ、アトレン!
「人生には犠牲も理不尽もつきものでしょう? これは必要な犠牲だから。自分の世界に帰れないわけでもないし。だいたい、騙してるとか悪いことしてるって自覚があるだけまだマシな方でしょ。悪いことだけど、王族として必要なことだからやってるのよ」
「それがダメなんだよ! 国としての誇りとかは打ち棄てるのか!」
「誇りで大食い大会優勝を勝ち取れるの? それに、そんなに嫌なら兄さまが大食い大会出たら?」
おお、だよなッ! 自分の国のことは自分で解決しましょう。無理やり人にやらせるなんて間違ってる! よしアトレン、言ってやれ!
「……えーと、それは」
いくらなんでもできない、とアトレンは乾いた口調で告げた。オイ。ジト目でアトレンを見つめるも目をそらされた。この、裏切り者ッ!
ここに不遇な兄ちゃん同盟は解散した。はかない命だった。
「うわあ!」
オレが不遇な兄ちゃん同盟をはかなさについて思いを馳せていると、アトレンが女性三人衆(あ、一人は違うんだった)に引っ張られた。
「さ、明日に備えて女装の準備にかかるわよ」
「ええ、嫌ですって!」
「何言ってるの? 兄さまが悪いんでしょう。作戦をバラして。お詫びに女装して、勇者さまを応援してさしあげなきゃ」
「お詫びがなんで女装なんだよ!」
「だって、ムサい男に応援されるより、カワイイ女の子に応援してもらった方がうれしいデショ? 大丈夫、兄さまは僕の兄さまなんだから女装だって似合うよ!」
「そーいう問題じゃないだろー!」
ろー、ろー、ろー、ろー。
残響だけを残して、アトレンは嵐のように連れ去られて行った。
それをぽかんと口を開けて見ていると、口中にいきなり何かを突っ込まれた。ん、なんかコレすっげーあまッ!
「どう? これ、どんな味?」
妹が、例のライメンとかいうヤツを人の口のなかに放り込んだらしい。
「甘いッ! 耐えられねえよ!」
思わず、吐き戻しそうになる。甘い。とにかく甘かった。なんてゆーか、小麦粉のかわりに砂糖オンリーで作った麺を、メープルシロップのスープのなかにいれてみました、みたいな味がする。ゲロ甘い。死ぬ。マジで死ぬ。
どんな民族の人だろうとコレは無理だ。コレが好きな人は味覚がイカレてるんだ。そうに違いない。
こんなものを作りだすとは、フィオバとやらは味蕾が死滅しているんだろうか。でなければこんなモノ、到底耐えられっこない。
「へー、やっぱそんなカンジなんだ」
ふむふむとうなずく妹を、涙目でニラむ。ひどい。ホントひどいぞ、妹よ。ふむふむしてるのはカワイイけど。
「何すんだよ、妹!」
「何って、バカ兄で実験?」
「実験て!」
妹が今日もヒドい。ヒドいです、カミサマ。
この作品は実在の人物、団体とは無関係です。
もちろん、特定の国、国籍を持つ方々とも無関係です。また、この作品はそれらに対する偏見を助長させる目的のものではありません。
念のため入れておきます。
追記
ちなみに、翼つきのライオン、ライメン関連は参加企画内のシェア設定をお借りしました。ありがとうございました。