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前編

 オレの目の前に広がるのは、中世ファンタジー風の世界だった。

 大理石の壁には精緻なレリーフが刻まれ、窓には壮麗なステンドグラスがはめ込まれている。床に敷いてある絨毯もモフモフとムダに柔らかく、いかにも高価そうだ。ここは例えるのなら――そう、城のなかのホールだ。

 オイ、なんだコレ。オレは現代日本に住む普通の男子高校生なんだよ。何でこんなことになってるんだよ。オカシイだろ。まさかの異世界召喚とか言わねーよな。


「勇者さま! って、二人?」


 ドレスやら何やらといういかにも中世っぽい服装をした人の群れから、ひときわ美人なオレたちよりもいくらか年下に見える女のコが出てくると、オレの背後を見て目を丸くした。その視線をたどると、まるでオレを盾にするかのように人の背中にへばりついている少女が一人。オレの妹だ。

 オイ、妹よ。なんだその態度は。人を盾にすんな。つーか、ちょこんと袖つかんでるのがカワイイとか思っちゃっただろーが。


「勇者? ああ、それ(そんな厄介そうなもの)なら多分この人です」

「そうですか」


 オーイ、妹。冷たい副声音が聞こえるのは兄ちゃんの気のせいかな? すかさず押しつけんなよ。兄ちゃんは悲しいぞ。

 って、ゆーかさ。勇者ってマジで勇者? あの魔王と戦っちゃったりする勇者? え、オイ嘘だろ? じゃ、ホントに異世界召喚かよ。マジで?


「勇者さまに、魔王からこの国を救ってもらいたいのです!」


 大きくて綺麗に澄んだ瞳に涙をためて、女のコはオレを見た。

 マジっすか。え、あの。オレはイマドキの男子高校生の運動不足ナメんなよ、って感じにモヤシなんですけど。


「いやー、ちょっとオレには荷が重いってゆーか。ほか当ってもらえ……」

「だから、大食い大会に出て優勝してください!」

 …………。は? なんだそりゃ?




*************************






 夏休み前最後の日、ホームルームが終わると妹が教室にやって来た。


「珍しいな。どうしたんだよ?」


 普段の妹は自分に兄なんかいないと言わんばかりの態度をとっているので、このようにオレの教室に足を運ぶことはまずない。少し不審に思ってオレは聞いた。


「今日、一緒に帰ろうね。お兄ちゃん」


 花がほころぶような、たいそう可憐な笑みを浮かべて妹は言った。この世のどんなことも吹き飛ばすエンジェルスマイルだ。

 兄であるオレが言うのもなんだが、妹はそれはそれは可愛らしい少女だ。肩までの黒髪を二つに結わえ、抜群のプロポーションと色白のベビーフェイスを備えた彼女は、校内の野郎どもから絶大なる支持を得ている。


「分かったよ」

「じゃあ、帰りの準備が終わったら私の教室まで迎えに来てね。待ってるから」


 ふわふわとした女のコらしい空気を残して、妹は去って行った。

 それから、妹からのお誘いに気をよくしたオレはルンルン気分で帰りの準備を済ませた。あんなコが妹なんてマジでうらやましいわ、と言うクラスメイトにそうだろそうだろと自慢しつつ妹の教室へ向かう。


「あ、お兄ちゃん」


 妹の教室がある三階の廊下をしばらく歩いていると、妹が手を振っているのが見えた。ああ、和む。


「おお、帰るぞ」

「うん、だからね。これ、持って」


 にっこり笑って告げる妹の足元には、ものがたくさんつまった重そうな、なんて言うんだったか忘れたが、とにかく服屋のオシャレな手提げぶくろが二つほど置いてあった。


「……つかぬことをお聞きしますが」

「なあに? お兄ちゃん」

「もしかして、オレは荷物持ちとして呼ばれたんでしょうか?」

「え、何を当たり前のことをきいてるの?」


 語尾にハートマークがついていそうな口調だった。俺はくるりと踵を返すと、妹に背を向けて歩き出す。やってられるか、こんなこと。


「お兄ちゃあん、お願いだから」


 オレの腕にすがりついた妹は愛らしく哀願する。昔からそうだった。普段はアホ兄とかボケ兄とか言ってはばからないのに、都合のいいときばかりカワイくお願いするのだ。

 いつもいつもそのカワイさにごまかされてきたが、今日という今日は決してごまかされない。


「お兄ちゃんはカワイイ妹を見捨てるの?」


 うっ。


「非力な私に、これ全部持って帰れって言うの?」


 ううっ。


「お兄ちゃあん」

「し、仕方ない。今回だけだぞ」


 ……負けマシタ。意志薄弱とでも何でも言って下サイ。でも、ひとことだけ言わせて欲しい。きっと、うちの妹にこんなマネされて断れるヤツはいない。そんなヤツ人間じゃない。あ、ふたことになった。

 手提げぶくろを肩にかけると、強烈な重さに思わずよろめきかけた。妹よ、いったい何をこんなにため込んだ。苦しんでいるオレのことなど無視して、さっさと前へと進んでいる妹が恨めしい。


「何してるの? まったく、とろいったら。さっさと帰るよ、アホ兄」


 振り向いてそう告げた妹の視線はとっても刺々しかった。

 ……途端に冷たくなったのも、兄ちゃんは恨めしいゾ。

 えっちらおっちらカメの歩みで妹を追う。校門を出るときには死にそうになっていたが、根性と妹への愛で乗り切った。


「ちょ、タンマ。小休憩プリーズ」


 しかし、限界は来る。学校を出て十分ほど経ち、ほかの生徒たちとはすっかり道も分かれたころに、先を行く妹サマに声をかけた。


「もう? 速いでしょ」

「いや、ホントにマジで限界だから」


 妹はわざとらしいほど大きなため息をつくと、仕方ない、三十秒だけねと言った。

 さ、三十秒。短すぎます、妹サマ。


「イチ、ニイ、サン、シ……」


 しかもカウントまでしちゃいますか。厳しい。まるでブラック企業ってカンジですネ。

 異議申し立てをしても、時間は決して変えないというオーラを妹は放ちまくっていた。だから、今のうちに少しでも休憩を取ろうと決意を固める。


 周囲にひと気はないが一応のマナーとして歩道のすみに寄り、速やかに荷物をアスファルトの上に置いた。手提げぶくろのじか置きに妹は嫌そうに顔をしかめたが、黙認してくれたようだ。

 ……ん、おかしくないか? してくれたって言うのは。こっちが持ってやってるんだぞ。ヤバイ。妹にすっかり調教されている。このあたりで兄の威厳を取り戻さねば。


「……え。なんだ、あれ」


 つらつらと考えていると、視界の端を不審なものがよぎった。


「おい、見てみろよ。あれ。なんか変なものが」

「はあ? 変なもの? どうせ休憩の時間延ばそうって言ってるだけでしょ。そうはいかな……」


 いかないんだからね、という言葉は最後まで言われることなく途中で途切れた。

 そりゃそうだ。空から、こちらにむかってつぶらな瞳が非常にカワイらしいネコっぽいものの大群がこちらに向かって飛んできているのだから。こんな光景を見たら、誰しも言葉を失うこと請け合いだ。


「な、なななな」


 かろうじて出てきた声も、言葉になっていなかった。


「それ」は小柄な体に真っ白で小さな羽を生やし、パタパタとせわしなくはばたかせている。もふっとした外見とあいまって、とても愛らしい。癒し系だ。

 しかし、およそ地球生物ではなさそうなその見た目は、今現在のオレを癒してはくれない。当たり前だが、驚きでそれどころじゃない。


「な、なんなんだ。お前らは!」


 あ、やっと言葉になった。

 しかし、もう「それ」は呆けているオレたちの足元に続々と着地している。すでに着地している愛らしい集団はオレたちの前で仲良くじゃれていた。

 あれよあれよと言う間に「それ」は全て着地し、そしてカっと光った。あまりのまぶしさに腕で顔をかばいながら、反射的に妹の前に身を乗り出す。


「お、お兄ちゃん。アレ、何?」


 しばらく経ち、光が収まると心細げな妹の声がする。その声を聞いて目を開けると、現代日本の住宅街に翼の生えた巨大なライオンが出現していた。黄金色の毛並みは艶やかに光り、同色の翼も神々しい。あまりの気高さに思わずひざまずいてしまいそう迫力が……って、ケモノ相手にひざまずく気か、オレ。


 なんか良く分かんないけど、あれは多分動物だぞ。いくらライオンとはいえ、ケモノにまで負けちゃっていいのか。妹ばかりか動物にまで連続敗北か。情けない。なんかすごーく情けないだろ。目下オレの株は大暴落中な気がするぞ。


「よし、ちょっと調べてみるか」


 宣言し、妹を背にして翼つきライオンにじりじりと近づく。ライオンの深い知性を感じさせる瞳と、ちらりと視線が交錯した。

 その次の瞬間、再びあたりが光り輝いた。足元が浮き上がるような奇妙な感覚に包まれる。エレベーターが上昇しているときに似ているかもしれない。

 そして、目を開けると……中世ファンタジー風の世界だった。

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