なると荘
電車のアナウンスが流れ、私はそれに気づいて目を覚ました。
私は目を疑った。
窓の向こうに見える景色は一面山ばかり、建物が少なく、まるで虫のようにも見える。
こんな景色はテレビでしか見たことが無い。
何しろ私は東京生まれ、東京育ち。
高層ビルに囲まれて育った典型的な都会っ子。
初めて見た雄大な景色に吸い込まれているうちに駅へ到着した。
(え……これ駅なの? 駅の跡地って感じだけど)
私は少しためらいながら、ゆっくりとした足取りで電車の外へ出た。
冷たい風が頬にあたり、身震いをした。
駅は壁はひび割れていて、駅員が全くいない。
いわゆる「無人駅」っていうヤツだった。
ここが今日から私の住む街の最寄り駅。
何か物足りない気もしたけど、色々考えているうちに、どうでもよくなった。
本当に私がこの街に住むなんて実感が沸かないし、想像もつかない。
不安を抱えながら、転居先のアパートへ向かった。
上り下りのキツい山道を歩き、息を切らしながらもようやく到着した。
しかし、私が苦労してついたところにあったのは「なると荘」というとんでもないボロアパートであった。
いかにも耐震性の無さそうな感じの外観で、階段の手すりはボロボロに錆びていた。
私は昭和時代にでもタイムスリップしたのか、なんて思い、目を疑ってしまった。
(あ、あれ……来るところ間違えた?)
そう思った私は焦って地図を出し何度もじっくり見た。
地図に大きくしるしをつけられていた場所にあった名前は確かに「なると荘」だった。
イヤな予感はしていたけれど、名前どころか外観もダサいなんて最悪だ。
抱えていた不安は増し、押しつぶされそうになった。
(……夢であってくれ)私は心の中でそう願った。
でも、頬をつねっても痛い、頭叩いても痛い。
これは夢なんかじゃない。現実なんだ。