Влада
体より先に、壊れたのは脳だったらしい。
「駄目だな。制御回路が機能してない」
技士達が、自分について言っているのを聞く。
「身体損傷に対する認識がバカになってる。これじゃあ前線どころか、主要な現場にも出せん」
“生身”でいうところの、“痛覚”。あるいは、不快の感覚。身体の状態を認識するためのバロメーターであり防衛システムとなる回路。それが、今の自分は機能していないらしい。
「また“廃棄”か」
「その言い方はよせ」
身体損傷の危険が伴う“前線”。何らかの理由でそこへ出られなくなった人員が次に行く、前線ほどの危険はないが重い負荷がかかる“現場”。どちらも、“痛覚”――自分で身体を保護して維持する能力が無ければ、働くことは出来ない。
技士の一人がこちらを見て言う。
「“退職”だ」
自分の処遇が決まっていくのを、ただ眺めて、黙って聞いていた。
大型のショッピングモール。その中に広く設けられた、イベントスペース。そこを見渡せる壁際に立つ。週に一日二日の休日を除いて、毎日。
同じ時間。同じ景色。同じ人の流れ。数少なく変化するのは、イベントの内容。けれどそれも、同じ時間と間隔で過ぎて入れ替わっていく。いつも通りに変わり続けるだけの景色。
人が多い時は、時折人から“感情”を向けられることがあると感じる。壁際から突き出た、寄りかかれもせず、近付くこともできない、邪魔な“柱”を見るような目をして、たまに人が避けて通り過ぎていく。
その日は、親子連れや、若い女性が多かった。
「今日は子供が多い。危険なことが起きないよう、しっかり監視しておけ」
同僚が自分に対してそう言いながら、彼自身の配置に就いていくのを見る。
会場を見渡す。今日は手工芸品の制作体験イベントが開かれ、出展者たちがブース毎に様々なワークショップを用意していた。
規定の時間。規定の配置。進んでいく搬入の様子を眺める。
間もなく、自分が立つ傍のスペースにも荷物を持った人がやってきた。一瞬、子供に見えたその出展者は、小柄なだけで大人の女性のようだった。異国の顔立ちは、年齢が読めない。一緒に立つ大きな男は、この国の人間だろう。年相応の顔つき。朗らかに笑う女性と攻撃的な男。妙な組み合わせだと思った。
女性と、目が合う。
「警備の、方です? ここで、ワークショップをします。今日は、よろしくお願いします」
拙い言葉。腰を曲げて下げられた頭。その動作を自分がされる意味がわからず、眺める。見たことの無い空気。すぐに姿勢を直した女性に、男が声をかけた。
「おい、そいつは傷病機体だ。関わるな」
「“しょうびょう”……?」
よく見慣れた空気を纏って男がこちらを見る。対して女性は、単語を拙く繰り返していた。“知らない”のだろうか。
「……故障や欠陥で使い物にならなくなって、解雇された機械人間だ。お前の国には、それもなかったのか?」
「あー……? います。見たことは、ないけれど」
比較的、治安の良い国の出身なのだろう。苛立った様子の男に、気にすることなく女性が答えた。顔を顰めた男が溜息を吐く。
「……大方、民間会社から切られたとかそんな手合いだ。危ないから寄るな」
「なぜ?」
「だから……そういうのは、初期化だけされて碌に整備や修繕もされずに野放しになってることの方が多いんだよ」
男の言いように、女性が腕を組んで首を傾げる。
「ジム、もしかして、君は、さっきから、失礼な言葉を使ってますね?」
「……あ?」
女性の言葉に男が反応した時、軽快な音楽がわずかに大きな音量で流れ始めた。間もなく始まるイベント開催を予告する、館内放送。
「ああ、準備をしなくては。ほら、ジム、動いて」
「お前が余計なことをしてるんだろうが」
男がやや語気を強めて言いながら、荷物の展開を再開していく。
女性が振り返った。
「僕のマネージャーが、ごめんなさい。今日は、よろしくお願いします」
これまで人から向けられたことの無い顔と空気。先程と同じ言葉を、あらためて言われた。
通常どおり、何事もなく、その日も時間が過ぎていく。いくつものブースに分かれてワークショップが開かれていて、出展者や客との距離が近いためだろうか、いつもよりすこし、賑やかに感じた。混雑時、客との距離が近い時には、“壁から突き出た異物”に対する目線をよく向けられるものだが、今日はワークショップというその内容そのものに集中が向きやすい形式のイベントだからか、あまり感じなかった気がする。
すぐ近く、展開されているブースを見る。先程の女性が、最後の体験客を相手に笑顔で話していた。はじめは拙いと感じていた言語は、客に対して説明をしているときにはとても整理された流暢な話し方がされていた。今時、翻訳端末も使わず練習して言語を話すなんて、珍しい人だと思う。
対して、マネージャーの男の方は少し離れた場所で、その様子を視界に入れながらタブレット端末を手に仕事をしているようだった。休憩用のベンチに座って作業をしているその男の空気は、静かに、しかし確実に他の客を遠ざけていた。自分のような機械人間の事情に明るかったり、纏っている空気から推察すれば、従事機械人間が通常にいる環境か、あるいはそこに近い環境に身を置いていたのかもしれない。なんとなく、自分に近いものを感じる。
そんな考えを微かに交えながら今日も変わらない空間を見ていると、仕事を終えたらしい女性が近付いてきた。
「お姉さん、よかったら、こちらをどうぞ。今日の見本で、作った物です。明日また、新しい見本を作るので、おひとつ、僕からお姉さんへ、贈りたいです」
不意に、両手に掲げて見せられた小さな花――布で作られた飾りを、提示される。
「二色あります。どちらがよいですか?」
「レイマン」
女性の背後から近付いてきた男――彼女のマネージャーが、声をかけた。呼ばれて、不思議そうに男を見る彼女――レイマンと呼ばれた女性。その様子を認めながら、男が一瞬、考えるように彼女から目を逸らして――こちらを一瞥して、それからまた、彼女に視線を戻して話し始める。
「……一般的に、警備の機械人間には声をかけるもんじゃない。こういう――……“従事者”は、任務に就いている間は、その業務に集中しなければならない。……その個体の場合は、この空間の監視と警備だ。お前が話しかけることが、注意を分散させることになる。解るだろ?」
「あ……」
男の言葉を聞いて、女性が咎められたことに気付いたような顔をして、こちらに謝ってきた。よく、“整理”された話だと思う。目線だけでマネージャーの男を一瞬見てから、申し訳なさそうな顔をする彼女に小さく首を振った。それを受け、安堵したように女性が言う。
「ありがとう。でも、また、明日も来ますので、よろしくお願いします、ね」
イベントは、一週間ほどかけて続く。自分は明日もここに立つ。
見慣れない不思議な空気。向けられる微かな笑顔。小さく頷いて、返した。
同じ時間。同じ配置。昨日と同じイベントスペースの景色。
「こんにちは、お姉さん。今日も、よろしくお願いします」
慣れない、昨日も見た顔。かけられる言葉。下げられる頭。それを受けて、小さく、頷く。
「昨日は、渡すのを忘れてしまいました。これ」
昨日、見せられた小さな花飾りを差し出される。提示された内のひとつ。それを見てから、彼女の顔を見る。
「昨日、二色ありましたけど、こっちを見ていたと思うので、好きですか?」
首を傾げて訊く様子、纏う空気が、強くなる。緑、青、白、黄、橙、混ざったような、温かい色。親子連れ、家族連れ、近しい人間といる客に、たまに見る空気の色。
自分が今の生活でも普段向けられる、よく見慣れた赤い色とは、大きく異なると思った。
「はい」
女性が言いながら、花飾りを近付けてくる。――知らずの内、差し出してしまっていた自分の手のひらの上に、小花が置かれた。何故、自分の手は出ていたのだろうか、置かれた淡いピンク色の小花ともども、見つめる。
「僕は、胸元に付けています。お客さんは、首元に付けたり、鞄に付けたり、帽子に付ける人もいました。楽しいですね」
向けられる笑顔――そこに赤い空気が差し込む。
「おい」
彼女が自分に話しかけていることに気付いたマネージャーの男が、近付いてきた。声をかけた先は、彼女か――それとも自分か。
「ジム、わかってる。でもいいですか、これも大事なことです」
「……余計なことはするなよ」
彼女の言葉に男が顔を顰めて言う。この言葉も、どちらに向けられたものか。
「失礼しました」と断りを入れて離れる彼女を見送る。――共に行く男が、顔だけをわずかにこちらに向けた。
――「構うなよ」。語る目線。向けられる空気。見慣れた赤色。
いつものこと。
姿勢を直して、いつもの仕事に戻る。会場の監視。危険の予測と排除への備え。大勢の人。賑やかな空間。
手の内に潜めた、小さな花。
潰さないように、静かに指で形を確かめ続ける。
ピンク色の、布の花。
――眺める。手にしたそれを。
イベント期間の中ほど、やってきた休日。自宅で、あの女性から貰った花飾りをまじまじと眺めていた。
こうして眺めていると、忘れていた昔のことを思い出してきていた。前の“仕事”に就いて今の体になる前、自分はこういう、可愛いものが好きだったと思う。もう、どんなものだったか詳細には思い出せない、そういうものが。
部屋に備え付けの姿見、その前に立って、添えてみる。胸元、首元――……警備用に義体化された硬質な体には、どうにも不似合いに感じる。だが、ふと思いついて、唯一人らしさが残る頭部――顔の横に、添えてみる。
一番、しっくりくる気がした。
会場の光景を主に視界に入れながら、しかしその端、自分の近くにある一つのブースに微かに意識を向ける。
客と話している彼女の語る内容を聞けば、その人は駆け出しのデザイナーらしい。あらゆる事業において機械化や自動化が通常となっている昨今、聞こえてくる話の限りでは彼女は随分とアナログな手法で制作を行っているように思えた。そうした、職業的こだわりを重視する層は、一定数いる。だからこそ、この場でこうしたハンドメイドなワークショップが開かれているのだ。ただ、イベントのための一時的な手法としてではなく、日頃からそうした技法に徹している人は、果たしてこの数多くの出展者の中にどれほどいるだろうか。
初心者でも簡単に制作を体験できる、シンプルな構造のパーツ。それに込められた、精緻な造形へのこだわり。
彼女は“本当”の人だと、自分が胸に付けているIDカード、そこに添えた布の花に思う。
終業の時間となって、同僚がやってきた。
「今日も特に大きな異常なし。こういう、前時代的なイベントは初めてだが、意外と悪くないな」
同僚が素直に評価するのを聞いて、自分も「確かに」と思う。普段より親子連れ――子供が多くいる分、何か起こるかと思ったが、むしろ彼らはワークショップの内容に静かに集中しているために、いっそ平和だった。落ち着いた空間だと思う。
「なんだ、お前、出展者から貰ったのか?」
不意に、IDカードに添えた花飾りに気付いた同僚が言った。
「羨ましいもんだぜ。自分だけこっそり楽しみやがって」
仕事が退屈らしいこの男は――勤務には忠実だが――不貞腐れた態度でそう言う。
だが、続けられた言葉には――。
「お前、明日は休みだろ? このイベントも最終日だし、客として参加しちまえば?」
――粗野なこの男にしては、悪くない提案だと思った。
親子連れ。若い女性。自分を避けて出来る道。場に不似合いな硬質な体を、なるべく隠すように覆う、大きなアウター。それでも大きな自分の体は目立つし、身を隠せるものでもない。
目的のそこへ、近付いていく。自分のいつもの定位置には代わりに同僚が立っていて――こちらを視認して、驚いているのが見えた。同時に、彼女のあの笑顔が自分に向けられるのも――強い赤色が差してくるのも。
「こんにちは! 今日の貴女は、お客さんですね? 来てくれて、嬉しいです!」
向けられる笑顔。いろんな色をした、温かな空気。――視界に割り込んでくる、赤い空気がうるさい。
およそ客に向けるものではないだろう苦い顔をして、ベンチから移動してきたマネージャーの男が、女性の少し離れた後ろの方で腕を組んで構えていた。この男こそ、まるで警備兵だと思う。
自分が席に着いたことで先にいた客達が驚いていたが、彼女が朗らかに迎えたことで、“そういうもの”としてとりあえず認識されたらしい。彼女から説明を受けながら、制作体験へと意識を戻していく様子を横目に見る。
「さて、お姉さんのお名前は……」
彼女が制作体験の客に対していつもはじめに訊くことを、自分もされているのだと察する。答えるべく顔を上げると、目線の高さに手のひらが挙げられた。
「僕、当ててみます。――ヴラダ・ヤノフスカヤさん」
得意げに、きれいに発音される自分の名前を聞く。何故知っているのかと、不思議に思ってその顔を眺める。
女性が笑う。
「実は、IDカードを見て、知っていました。お花を付けてくれて、ありがとうございます」
勤務中、普段胸元に付けているIDカード。なんてことない真相に納得する。ここ数日そこに付けていた花飾りは、今日は首元に付けていた。
「ヴラダさんとお呼びしても?」
流暢に続けられる言葉にうなずく。
「それでは、こちらのパーツの中からお好みのものをお選びください。彼女たちも今作ってくれていますが、これはこのように、花びらになります。留めパーツはこちらに……」
接客時の発話は整っていると思ってはいたが、実際に対面で話されてみると、驚くほど洗練された言葉が紡がれていく。それまで受けていた話し方とは、雰囲気からして全く異なるその様子。つくづく、不思議な人だと思う。
案内されたそれらを見る。目に留めた色――自分の今の義体と、同じ色。それを、手に取る。
「黒ですね? 僕も好きな、美しい、良い色です」
大人びて静かに笑う顔を見ながら、それを自分の顔の横に寄せて見せて、言う。
「ピアス」
静かな表情がわずかに解かれて、目が見開かれた。しかし形の良い笑みは保ったまま、彼女はすこし驚いたようにこちらを見ている。
「体の色」
続けて言うと、止まっていたその目線がわずかに動いて、往復する。それから、目が合った。
「とてもお似合いです」
格好良い笑顔だと、思った。
説明されるままにパーツを組み立てている内に、ブースには客は自分一人になった。マネージャーの男から向けられていた赤い空気は、いつの間にか失せて静かになっていた。
「……ヴラダさん、こういう――作ること、得意ですか?」
自分の手元を見ながら、女性が静かに訊く。しかし、経験もなければ考えたこともない。自分で答えがわからず、首をかしげる。
女性は、顎を触りながら自分の作っている花をじっと見続けている。その様子を見ていたマネージャーの男が、相変わらずの顔で彼女の後ろに立った。
「……レイマン」
「へ?」
「接客」
「あ」
男に促された彼女が顔を上げて、そこでやっと目線が合う。
「ごめん。すごく上手だから、見ることに熱中してしまいました」
そう言われ、そうなのかと、自分が作る花を見る。見本と同じように、作っているのだ。
「ヴラダさん、もしよろしければ、今後のイベントにもぜひご参加ください。将来的には、色々なキットも作成する予定です。作ることが、好きになってくれたら、ぜひ」
言われて、テーブルに置かれていた紙の束から一枚――差し出された名刺を受け取る。こんなところもアナログなのかと、レトロのこだわりを感じる。
“Rayman”――彼女の名前。
頷いて、懐にしまい込んだ。
「そこをくっつけたら、あとは最後に留めの……ピアス金具を付ければ、完成です」
透けた布素材の花びら。柔らかなフリル。輝く黒色の小さな花を眺める。
――満足。
「鏡はこちらに――……あれ?」
鏡を手にした女性が、こちらを見て止まる。そして傾げられる首。
「……ヴラダさん、耳……ピアス穴…………ある?」
左右の耳を、何度も首をかしげて注視されて、訊かれた言葉に、首を振る。
「開ける」
『…………ええ!?』
やや遅れて、やたらと――身を乗り出して驚かれるのに合わせて、自分もわずかに身を引く。耳慣れない発音は、多分彼女の国のものだろう。彼女の後ろに立っていたマネージャーが、慣れた動作でその肩を掴んで居直らせた。
「そ、そんな、大事な……えぇ……その……仕事とか、大丈夫?」
自分と、傍に立っている仕事中の同僚にも目線をやりながら、戸惑ったように彼女が訊いてくる。自分もなんとなく同僚に目を向けると、その胸に小さな花があるのを見付けた。目が合って、眉を上げられる。
再び彼女の方を向いて、うなずく。
「自由」
「はー……そうなんだ……。……あぁ、ごめん、驚いてしまいました」
安堵したような、納得したような、まだ驚いているような様子で言われる。
「ええと、でも、僕、嬉しいです。今日も来てくれたし、身につけてくれるのも、ありがとう。あと、いつも警備してくれていてありがとうございます」
自分と、同僚にも向けて、言われる。
「ぜひ、またお会いできたらとても嬉しいです。ピアス、着けている貴女、素敵だと分かります。いつかお目にかかれるのを、楽しみにしていますね」
そうして、柔らかな笑顔と共に、最終日のブースは閉じられた。
――それから、開かれているほとんどのイベントに、欠かさず参加している。ピアスの種類は増えた。他にも、色々。
今日は、制作難易度としては中級者向けとされる作品を作っていた。踏み込んだ内容のため参加者は比較的少なく、今は自分一人がそこにいた。
小さなカフェの、広くないイベントスペースに、二人で座る。自分が作業を進める様子を、レイマンが頬に手を付いて眺めていた。
「…………」
そんな彼女がわずかに首を動かして、傍のカウンター席に座っていたマネージャーの男を見たのが分かった。それからすぐに、男が近付いてきて、テーブルの横に静かに立った。
無表情の男を一瞬見上げてから、レイマンに向く。
「……ヴラダさん。告知、というか……お誘いなんだけど、今、話しても良い?」
次のイベントの話だろうかと、集中する。
「僕たち……アトリエを構えてから、しばらく経って、色々なことが落ち着いてきたり、忙しくなったりしてきて……安定して、作品を出すことができるようになってきたんだ」
いつものイベント告知とは、異なる切り出し方。予測が付かず、困惑する――が、要点はすぐに話された。
「……それで、僕の作品を一緒に作ってくれる人を、新しく探すことにした。
僕はそれが、ヴラダさんだったらいいと思っていて……貴女がよければ、うちのアトリエで、制作スタッフとして、加わってほしいと考えてる」
自分の目が、わずかに見開いたのを感じた。瞬きをして――考える。
「……今、もし、迷ってくれたなら……しばらく考えてみてくれると、嬉しい。大事なことだから、よく考える必要があるけど、本当に、もしよかったら」
「来てほしい」と続けられた言葉と同時、横から出てきた大きな手。テーブルの上に差し出されたのは、雇用条件に関する書類と、紙の名刺――“Jimmelle Francis”。
マネージャーの男――ジンメルを見上げる。
「一ヵ月だ」
――端的に告げられる、期日。
「ねぇ、ジム……やっぱりこういう、大事なことに一ヵ月は、短くないかい?」
「どうだかな……」
レイマンに答えながら男がこちらを一瞥する。
「……“妥当”だろ」
テーブルに置かれた名刺を手に取り、見る。レイマンのイメージに合わせたであろうデザイン。一般向けではない、マネージャーの連絡先。
書類と共に、懐にしまって答える。
「考える」
それから、再び作品づくりに戻り始めた。男――ジンメルは役割を終えたとばかりに静かに離れ、再びカウンター席に戻っていく。
「……ヴラダさん、急なお話、聞いてくれてありがとうね」
レイマンの優しい微笑に、うなずいて応える。
耳元で、ピアスの飾りが揺れるのを感じた。
――作業台。トルソー。メジャーとハサミ。布と糸と服飾資材。
いつもの時間。いつもの配置。
「おはよう、ヴラダさん。今日もよろしく」
いつもの笑顔と声。
「やあ、ヴラダさん。……あれ、また“体”替えた?」
自分と同じ、制作スタッフのチコが言うのを聞いて、頷く。それを聞いていたレイマンも近くに寄ってきて、替えた義体を眺めてくる。
「ああ、腕のところ? へぇ、前はやわらかい感じだったけど、今度はシャープになったね」
「ちょっと、また換装したの? 依存症になってないでしょうねぇ」
レイマンの評価に、制作スタッフのリーが疑わしげに続けるのを聞く。
「でも、ちゃんとしたクリニックに通って替えてるんだもんね? 大丈夫だよ」
「だって……癖になるって聞くじゃない……心配よぉ」
チコの言葉に頷きながら、リーを見る。目を閉じて溜息を吐かれた。穏やかな緑と、柔らかな青の空気の二人。
「問題ない」
言葉にして答える。自分にとっての事実。
「……そうねぇ、あんたは制作が続けられれば“問題ない”か」
リーの言葉に頷く。出力の調整は徹底しており、制作に支障は無いことはしっかりと確認している。その上で、好きな見た目に替えている。好みの模索。
「よーし、それじゃあ、今日も頑張るか」
誰にともなく、レイマンが静かに号令を発する。合図となって、自分達も動き出す。
部屋の角、自分用に割り当てられた作業台。前日に中断した制作物に、取り掛かる。
スタッフ達も同様に各自の場所に収まり、レイマンがジンメルと何か話しているのを、音として聞く。
布を切る音。物を書く音。ミシンの音。スタッフ達が作業しているのを視野に入れながら、自分も手を動かす。
いつもの道具。いつもの動き。
今の自分の、当たり前の宝物。




