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超訳 河口慧海「チベット旅行記」  作者: Penda
第二章 知識編
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貨幣と版木


 売買には貨幣を使うことも、物品交換をすることもある。

 チベットには24銭相当の銀貨一種しかないので、細かい買い物ができない。そこで、銀貨を切って使う。半分なら12銭、三分の二と一に分ければ8銭と16銭になる。切るといっても、きっちり半分にせず、多くは中の部分をくり抜く。あるいは外側を幾分か削って三日月形になったものが半分となる。

 一番小さな単位が4銭だ。三分の二の16銭銀貨を持って行けば、半分の銀貨を釣りにもらえる。または半分の銀貨と三分の二の銀貨を持って行き、相手から切っていない銀貨1枚をもらう。

 ただ、これができるのはラサ府やシカチェくらいで、地方へ行けば24銭以下の買い物はできない。インドに接して地方の王様がいるような土地ではその地方だけで使える半分の銀貨を発行している。


 12月下旬、パーラー家の公子が金に困り、慧海(えかい)の所に無心にきた。どうせ返ってこないと思ったのでその半額を施してやった。すると、金をもらうために使いをやったのではないと大変に怒り、突き返してきた。要らないのならと放置していると、また手紙をよこして、半金でいいから貸してくれという。仕方ないので今度は貸してやった。ほどなく使者が現れ、今度は日本円で50円をねだってきた。


 慧海は12月ごろ、経典ばかり買っていた。普通の経典は本屋にあるが、参考書や難しい書物はない。それらの版木は各寺にある。例えば文法学者の出た寺には文典の版木が、修辞学者の寺にはその人の著書の版木が残っている。このため寺々へ版摺人をやって刷ってもらわなくてはならない。

 まず草の根で作った紙を買い整え、版摺と進物用の薄絹と版代を持たせて寺に行かせる。版代は寺にもよるが大抵、百枚刷って24銭、高いと1円20銭となる。3〜6人を派遣して刷るが、茶を飲みながら仕事をするので日本のように手早くはいかない。手間賃は50銭ずつやらなくてはならない。

 版木を摺ることを許されない場合は、紹介状などを貰い、自ら出かけて刷ってもらうようお願いをしなくてはならない。

 摺本として売られているものは安いが、版が悪かったりする。本屋の品ぞろえは祈祷のお経と僧侶学校で用いる問答の教科書、伝記や茶話の本があるだけで、研究書は全くない。

 本屋は大釈迦堂の前に広場に風呂敷を広げて店を出している。シカチェも同じような露店があるくらいだ。

 書物はずいぶん集まり、慧海はそれを全てセラ大の部屋に置いてあるので、僧侶たちには「読みもしない本をそんなにどうするのか。遠い国から来ているのだろうが、あれだけの書物を持って帰ることはできない」と訝しまれた。その後は購入した本は大臣宅に持っていくことにした。


 大晦日の日、ラサ府の釈迦堂へ灯明を上げるのに小僧を行かせた。ラサの釈迦牟尼如来の前に並ぶ灯明台に、バターの油を注ぐのである。その際には銀貨2枚を納める。慧海は自分の部屋に釈迦の掛軸をかけて、仏舎利塔を置き、銀の燈明台を三つ並べて灯明を上げ、供物を備えて礼拝し、0時を過ぎるころに法華経を唱えた。

 午前4時に祝聖の儀式を行い、天皇陛下を祝願した。チベットのラサ府で天皇陛下万歳万々歳を祝願したのは、大日本帝国始まって初めてかと思うと涙がこぼれた。

「高原に おとす涙は 日の本の 天あが下なる草の露かも」と読み、残りの法華経を読みながら窓から外を見ると、初日が東の雪峰の間から昇りかけていた。

 雪に映える初日の美しさに加え、窓の向うのセラ大寺の広庭には幾羽の鶴が歩み鳴いている。その景色の壮麗さは日本人に見せてやりたいほどの心地がした。

「うたひつる声に明けゆく高の原はら あづまの君の千代やことぶく」「たへづるや妙のみのりの花の庭に 妙のこゑもてみのりことぶく」と詠み、1月1日をめでたく過ごした。


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