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ヒマラヤ山中の旅行


 道は決まったが、何の目的もなしにこのルートを進むとなれば怪しいことこの上ない。そこで慧海(えかい)はマナサルワ湖のそばにある仏教の霊跡、カイラス山(標高6,656m)に参詣したいという口実を使うことにした。

 慧海はブッダ・バッザラ師にポーターを世話してくれるよう頼むとやはり「死ににいくようなものだ」と止められた。それでも「どこに居ても人はいずれ死ぬ。仏教の霊跡に参詣して殺されるのならめでたい」と言うと、ポーター2人と巡礼の老婆、途中までの見送り一人を世話してくれた。


 慧海は師から買った白馬に乗り、5人の道中が始まった。3月初めにカトマンズを西北に山道を進み、330キロほど進むとポカラ市に着いた。そこは美しい都市で、別荘地のようだった。物価は安く、ただ川の水は米のとぎ汁のように濁っていた。

 そこから北に向かうと、険しい道が続いた。ある日、慧海が馬に乗って考え事をしていると、枝に当たって落馬してしまった。幸い、馬が気付いて止まってくれ、谷に落ちることなく、腰を岩に打ち付けただけで済んだ。けれどもどうしても立ち上がれず、ポーター2人におぶってもらって進み、2日ばかり休んだ。3日目、馬にも乗れない深山幽谷のがけを歩いているとホトトギスの声が聞こえ「ヒマラヤの 樹この間岩間の羊腸折(つづらおり) うらさびしきに杜鵑(ホトトギス)()く」と歌を詠んだ。


 旅が進むと、ポーターの2人がいさかいをするようになった。老婆が何か話したそうにしているので慧海が聞いてやると、ポーターの一人はかつて強盗殺人、もう一人は喧嘩で人を殺めたことのある人間で、西北原に行けばきっと慧海を殺すだろうという。

 慧海が「なに、あの人たちは大変正直な人だ」と言うと、老婆は「南無三宝、もしこの事がいつわりであるならば私に死を賜いたまえ」とチベット式の誓いを立てた。老婆の言うことがうそとも思えず、慧海は何か手立てはないかと考えた。


 慧海は6日間で150キロを進み、ツクジェ村に到着した。ブッダ・バッザラ師の紹介でこの村の知事の家に逗留できた。約束通り、見送り役の一人は大塔村へ帰ってしまった。

 心配の種だったポーター二人は喧嘩の末に、「あんな奴と一緒にいるくらいなら暇をくれ」と互いに言い出したので、慧海はこれ幸いと相当の礼金を与えて2人とも解雇し、老婆にも小遣いを与えて一人になった。


 ツクジェ村ではモンゴル人のセーラブ・ギャルツァン博士と親しくなった。僧侶らに経文を教え、医者の真似ごとをしている人だ。

 そんな折、慧海はここ3カ月前からチベット政府がロー州からチベットへ行く脇道に兵隊を置くようになり、外国人は誰も通過できなくなったという話を聞いた。これでは西北原へ進むこともできない。博士に相談すると、一緒に博士が住んでいるロー州ツァーラン村へ行くことになった。

 道中、百の泉(チュミク・ギャーツァ)に参詣した。サンスクリット語では首を納める所(ムクテナート)といい、マハーデーヴァ(シヴァ)の首塚としてヒンドゥー教徒も尊崇する霊跡だ。参詣を済ませ、山を降り、カリガンガーという川の端に出て一夜を明かした。


 翌日、川に沿って上り、対岸に渡ろうとしたが、馬が泥に足を取られてしまった。そこで慧海は川に大石を投げて足場を作り、3、4時間かけて、なんとか対岸へ馬を渡した。

 サーマル村を経て、灌木や低木しかないダウラギリの雪山を北へ北へ行くと、キルンという小村に着いた。村の家々の屋根には真言が染め抜かれたチベットの白い旗が立っていた。村を抜けて進むと日が暮れ、ホトトギスの声が聞こえ、慧海は「行き暮れて 月に宿らむ 雪山の (さみ)しき空に 杜鵑啼(ホトトギスな)く」と詠んだ。


 キミイという山間の村で一泊し、さらに北へ15キロほど行くと、やっとツァーラン村にたどり着いた。ここまでくれば一日足らずでチベットの西北原へ出られる。

 ツァーラン村に着いたのは5月、ちょうど麦を蒔いた時分で、四方は雪山に囲まれ、西の峰にはカリガンガーの源流が見える。村には小高い山があり、ロー州の王が住む城が建つ。城と相対するように、チベット旧教のカーギュッパ派の寺があった。

 寺はチベット風の四角い石造りの堂で、赤く塗られている。本堂に沿って建つ白塗の家屋は僧舎だ。その城と寺の西側に30軒ばかりの集落が見えた。


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