婚姻
慧海は大蔵大臣の世話になってから、他の大臣宅にも出入りする機会に恵まれた。宰相の一人、ショ・カンワという人は、4人いる宰相の二番手の人物だ。宰相の娘が、ユートという華族の公子に嫁ぐことになり、結婚式を見に行った。
チベットのラサと地方では結婚の礼式が違う。この国は多夫一妻として知られているが、兄弟で一人をもらう場合と、他人同士でもらう場合がある。
また、細君の権力は強く、よその男を引っ張り込んで、古い婿さんの承諾を得て多夫一妻になることも少なくない。
ただし制限がないわけではなく、従兄弟同士が夫婦になるのは、犬のようだとして法律的に処罰を受ける。
チベットは一般的に妻の権力が非常に強く、夫が稼いだ金はたいてい妻に渡してしまう。入り用の時、夫は妻に事情を話して金を渡してもらわなくてはならず、へそくりをしていることが分かると妻が喧嘩を仕掛けることもある。
夫は妻の命令で商売に出かける。相談事がまとまりかけると「いっぺん家に帰って家内に相談して返事をします」などというのは珍しくない。
複数で一人の妻も持つ場合、夫たちが妻に取り入ろうとご機嫌を伺うのは実に哀れだ。一方、一夫一妻の家庭は夫の権力が強い傾向にある。
好きな間だけ結婚し、嫌になり次第、別れるという結婚のあり方もある。そういう女は娼妓で、男がたくさん居て、どの男からも金を取る。田舎には少ないがラサやシカチェにはたくさん居る。
チベット人の婚期は男女共に20〜25歳くらいで、年も同じくらいだ。晩婚の場合は年齢差があることもある。子ができた場合、どの兄弟の子であってもお父さんと呼ばれるのは長兄だけである。
結婚相手は娘が自由に選ぶことはできず、父母の言うままに結婚する。そのため離婚がとても多い。
結婚適齢期に達した男がいる場合、父母は自分の家に見合った家の娘を見つけ、仲人をよこして娘が欲しいと申し込む。娘の親が断らないようなら仲人が口利きして話を進め、ほぼ了承すれば占い師や高僧、祈祷師に吉凶を占ってもらい、問題なければ結婚となる。
これらのことは息子、娘には一切知らされない。結納などはしないが、娘の親は、世間の人に誇れるくらいのものを持たせて嫁にやるし、もらう男の家も、娘の母親に乳代を贈る。乳代というのは、娘をここまで育ててくれた礼を納めるというもので、その家に相応の額を持って行く。
それから吉日を選んで式を行う準備を整える。娘の親は、今日は天気がいいからお寺参りに行くとか、リンカの宴を開くのできれいにせよとか言い、娘は嫁に出されると思わぬままに化粧させられることもある。ただ、結婚を察して、悲しそうに涙を流す娘もいる。
嫁入りするこの時ばかりは娘も顔や体を拭いたり、洗ったりする。何も知らず遊びに行けると髪をすき、喜ぶ娘の元に、頃合いを見計らって仲人が現れる。化粧が終わると、両親は娘に初めて結婚することになったと告げる。
支度が調うと、両親は送嫁の宴会をする。家の豊かさによって1日から半月ほど開く。親戚や知り合いは贈り物を持ってやってきて、茶と麦の冷酒を終日終夜、絶え間なく飲む。酒の肴のようなものはない。
食事の時間になると麦焦しと肉を出す。婚礼に牛肉は用いず、焼き肉にすることは許されない。
肉はツーという豆腐状のものと一緒に振る舞う。バター、砂糖、干しぶどうと柿をまぜた飯を出し、夕飯には卵うどんや中華をごちそうする場合もある。
飲食の間には歌を歌って、足をそろえて庭を踏みならして男女幾十人が輪になって踊る。規律がしっかりしていて、まるで兵士の体操のようだ。
いよいよ嫁ぐ前日になると、花婿の両親が出迎えをよこし、花嫁の父母に乳代を渡す。2円くらいの家もあれば、千円ほどを渡す家もある。娘の両親はこれをすぐに受けずにまず辞退し、仲人が無理に進めて渡す。
そして結婚式に使う衣服と、女性が人妻になった証として身に着ける頭の飾り「結婚玉瑜」を贈る。
ラサ府では未婚の人がアクセサリーとして身に着けることがあるが、シカチェ周辺では頭の後ろの頂上に着けているので、一目で人妻と分かる。離婚となると夫は頭の飾りをむしり取ってしまう。
そのほかにネックレスや首輪、イヤリングなどたくさんあるが、これは娘の親が与える。式の間、花嫁は、花婿から贈られたもの以外の衣服を着ることが許されない。
婿の家から迎えに来た仲人はその日は一泊して酒宴となる。そこで家の人は仲人たちにしきりに酒を飲ませようとする。チベットには不思議な風習があって、この夜に酔い潰れてぐっすり寝てしまうと、花嫁の家の者から何かを盗まれてしまう。
盗む品は何でも良い。盗んだ者は翌朝、それを皆の前で示す。すると、盗まれた仲人は不注意の罰金として5円を払わなくてはならない。従って、仲人はなるべく酒を飲まないようにする。けれども花嫁の家の者は巧みに酒を勧める。そこで飲め飲まぬの合戦が始まるのだ。それでどっちが勝ったとか負けたとかが、結婚式に伴う話題として世間に伝えられる。




