再び白巌窟を訪う
ここでじっとしている訳にはいかない。慧海は「この辺りにテントのラマが居るはずだ」と尋ねると、犬の飼主である巡礼者は、そこまで馬で送ってくれるという。
馬に乗って向かうと、テントの大きさは記憶よりずいぶん小さかった。聞けばこれはラマのテントではなく、奥さんの実家らしい。
ちょうど美人の夫人が帰っていて、慧海を見に来た。ラマはここから4キロほど離れた東の原にいるという。案内を頼むと、「私はあんなところには行かない。離縁するつもりだ」と言うので、それを止めつつ、ラマの家に向かった。
テントには誰もいなかった。夜に帰ってきたラマに犬に噛まれた事情を話すと、傷口に効く薬をくれた。しばらく養生して犬の毒が回らないようにしなくてはならないというので、慧海は言葉に甘えた。それでもまた前進するのみと決心し「くさぐさに有らん限りの苦しみを なめつくしてぞ苦の根たえなん」と詠んだ。
翌日、ラマになぜ夫人が実家に帰っているのか聞くと、いろいろと妻の行き届かない所を説明された。慧海は「男は心を広く持って女を慰めるのが道であるから、あなたのほうから迎えに行ってやりなさい」と説き、迎えを出させた。
日暮れにようやく夫人が戻り、翌日、慧海は無量寿経に説かれる「五悪段」を説明してやった。五悪段とは悪人が行う悪事についての説明で、夫婦は涙を流して自分の罪を懺悔した。
慧海は10日ほど逗留し、夜は月と雪の夜景を楽しみ、故郷を懐かしんで「塵一つなき高原に月さえて きよき御国の影をしぞ思ふ」「草かれて 尾花も萩もなき原に やどれる月のいともさびしき」と詠んだ。
傷も雪目も治ってきたので、慧海とラマ夫婦は白巌窟のゲロン・リンボチェを再訪することにした。尊者への供物を乗せて馬に乗って進み、20キロほどを瞬く間に駆け抜けた。
白巌窟で尊者への参詣を済ませて帰ろうとしたら、尊者が慧海を呼び止めるので、ラマ夫婦には礼を言って、ここで別れることにした。
慧海が尊者のそばに行くと、ずいぶん思い悩んでいる様子だった。理由はおそらく、慧海の噂のことだ。中国の僧侶というのは嘘で、チベットの国情を探りに来た英国人だというものである。尊者は話の糸口を探しているようだった。
尊者は「あなたが苦労してラサに行くのは何のためですか」と聞くので、慧海は仏道修行をして一切衆生を済度するためだと答えた。
尊者は「それではお前は世の中の衆生を見ているのか」とふわっとしたことを聞くので、慧海も「我に我なくしてどうしてこの衆生を見ましょう」と返すと、尊者がにこりと笑った。
そして「あなたはこれまで色欲に苦しんだことはありますか」と聞いた。「かつてひどく色欲に苦しんだことはありましたが、どうやら免れたようです」と慧海は答えた。
問いは強盗に遭ったときのことにも及び「盗人を憎いと思ったか」と聞くので、「不幸になる原因が私にあったために強盗に遭ったのであり、強盗を憎む必要はない。強盗たちもこれを因縁に、あの世で立派な人間になるよう願を掛けた」と答えた。




