天然の曼荼羅めぐり(三)
3日目は、「三途の脱れ坂」という難所を越えなければならない。幹事はヤクを貸してくれた。ヤクに乗って登ってさえも随分苦しいのに、その道を一足一礼の行で上るチベット人もいた。8キロほど上り、呼吸が苦しくなって休むと、雪峰チーセに礼拝している人がいた。それは強盗の国カムの人で、恐ろしい外見ながら大声でおかしな懺悔をしていた。
通常、懺悔はこれまでの罪業を悔い改めるものだが、この人はこれまでの悪事を懺悔した後に、未来の罪まで懺悔した。これですっかり今の罪はなくなったので、今後犯す罪もここで懺悔すると言う。カムではこれが普通だそうだ。
ここから上は解脱仏母の坂という。右手に善財童子の住む峰があり、山に沿って頂上にいくと奇岩が立ち、そのうち像のように突き出ている岩がある。これが解脱仏母の像だ。このルートではここが一番高く(5909m)、チーセとほぼ同じである。
坂を300メートルほど下ると凍った池があった。池には伝説がある。昔、善財童子がこの池で手を洗われた。その後、子をおぶってきた巡礼が手を洗おうとした時に誤って子が池に落ちて死んでしまった。それでもう事故が起こらないように常に氷を張るようにしたのだという。
チーセの東側に行くと、幻化窟がある。この寺はチベットで最も尊敬される尊者ゼーツン・ミラレバが開いた道場だ。ミラレバは厳しい苦行をした仏教の詩人でもある。
慧海は寺で一泊し、翌日、靴落し川に沿って白金剛母をまつる寺に着いた。ここタルチェン市場はタルチェン・ターサム駅があり、30軒ばかり石造りの家があり、テントも見える。慧海はそこに泊まり、ヤクと案内人を帰した。
翌日、別れて登った巡礼一家がやってきて、東南に向ってポンリーという雪峰のふもとに着いた。ここはポン教の霊跡だが、チベット仏教の新派の寺が建っていた。この周辺の湿地にはキノコが生えており、同行の女達が取ってきてくれたので食べた。
巡礼者一行はここに来て、そろそろ本業を始めなければと言い出した。仕事とは狩猟だ。鹿ならばともかく、旅人を撃ち殺して強盗しているのではないかという疑いもあった。慧海は身の危険を覚えた。
翌日、巡礼者は慧海の目の前でチャンクーという獣をなぐさみに殺して見せ、ますます思いは募った。