天然の曼荼羅めぐり(二)
ところが夜になって、巡礼者たちはチーセ巡りを一緒に行こうとせず、それぞれ別々に行くと言い出した。
彼らは60キロほどあるこの山を5日ほどの間に3往復するので、夜の午前0時に起きて、次の晩の8時ごろまでに戻るという。娘たちも2度往復したそうだ。
慧海は1度で十分なので、4、5日分の食料を背負い、一人で出かけた。
チーセの雪峰は釈尊の体で、周囲を取り巻く霊峰は菩薩と五百羅漢のようだ。
霊峰の外側を回るように道があり、それを外側の廻り道という。中間にはパルコル、内側にナンギイコルがある。
パルコルを行くためには、チイコルを21回巡らなければならない。ナンギイコルはもはや雲を掴むような神話レベルという。これは神か仏でなければ巡れないそうだ。
慧海はチイコルを通って西隅にあるニェンボ・リーゾンという阿弥陀如来をまつる寺に参詣した。四方に一つずつある寺でもっとも人気で、夏季だけで1万円ほど布施が集まる。それは皆、チベット法王ではなくブータン王室に納められるのだそうだ。
阿弥陀如来像は光沢ある白い石で作られ、チベット風の優しい表情はとてもありがたく感じられる。像の前に二本の象牙が立てられ、後ろにチベット経典が供えられていた。
これは読むためでなく、燈明を上げて供養するために置かれている。経堂にしまいっぱなしよりはいいが馬鹿げている。慧海は阿弥陀経一巻を読んで、寺の霊跡を尋ねた。
ここは天然の曼荼羅で、黄金溪という。虚空をつんざくばかりの奇岩壁があり、その向こうに雪峰が見える。さらに、岩の間から竜のように滝が落ちる。この壮観さは例えようがない。慧海はうっとりと景色に見とれ、茫然無我の境地に入った。
山の北にはヤクの角という精舎がある。金剛仏母がヤクに姿を変えて、山に来たラマを導き終えた後、岩窟の中に隠れる際に角が一本落ちたとされることからそう呼ばれる。
僧侶は15人ほどいて、宿を借りたいというと幹事役の僧侶が自分の居間を明けてくれ、茶でもてなしてくれた。
僧侶は中央のチーセは釈尊の体で、東の峰は文殊、その横が観音、西が金剛手菩薩であると解説してくれた。霊峰の手前を流れる水はうるわしく、慧海は心静かになり、水音は仏法の音楽を奏でているように感じた。