24.衝撃
旅程が順調だったことも、私から悪い方向の可能性を予測する思考を奪っていった一因だったのかもしれない。
天候にも恵まれ、大きな問題が起きることもなく、外交も順調に進み。そんな風に何もかもがうまくいっていたものだから、むしろよろしくない事態の発生など考えられなかったのだ。
とはいえ、馬車での移動の際にはソフィアのことを思い出してため息ばかりついている私に対して、あまりにも目に余ったからなのかオーギュスタン殿下自らが夜にお一人で私の部屋を訪ね話を聞いてくださり、事なきを得たこともあったのだが。そんなことは全体を通してみれば些細な出来事だっただろう。
だがあとから考えてみれば、前々から小さな予兆はあったはずなのだ。
たとえばソフィアが突然ユゲットに会いたいと言い出した時や、実際にユゲットを屋敷に初めて招いた際に書類の不備による問題が起きて私が席を外している間に、なぜか妙に仲良くなっていた二人やその後のソフィアの様子など。気になった時に追及しておくべき点は、本来ならばいくつもあった。ユゲットが真実を口にしてしまわないかと冷や冷やしている場合ではなかったのだと、今さら気付いてももう遅い。
「……は? ウラリー、すまないがもう一度説明してくれるか?」
屋敷に戻ったと同時に、焦ったように出迎える使用人たちの中からソフィアの専属侍女としてつけたはずのウラリーが飛び出してきて、唐突に告げたのだ。
「申し訳ございません……! 私が旦那様をお止めできなかったばかりに、ソフィアお嬢様が……!」
必死に説明してくれる彼女の言葉を要約すると、どうやら私が外交へと出ている間に父上がお戻りになり、さらには運の悪いことに出かける前に家令へと渡していた詳細を記した手紙や念のため城内にある外務大臣の執務室へと届けさせていた同じ内容の手紙に目を通すよりも先に、陛下からねぎらいの言葉と共に帰宅をすすめられたとのことで屋敷に戻り、そこでソフィアと偶然にも遭遇してしまったのだとか。そして覚えも報告もない怪しい人物と判断し、その場で即座に領地へ送り返してしまったのだという。
「なに、を……」
「私が間に合わなかったせいで、ソフィアお嬢様はお荷物すら持つことを許されないまま……! 本当に申し訳ございません……!」
しかもよくよく聞けば、今もソフィアに手紙を出すことすら禁止され、彼女との接触は誰であろうといかなる方法であろうと一切許されていないらしい。
「旦那様も私共の言葉は信じてくださらず、存在しない記憶を植えつけられている可能性が高いとおっしゃっていて……」
「あの父上が……?」
ウラリーのその言葉に周りの使用人たちが皆一様に頷いていることやその表情からも、屋敷の中が若干の困惑状態にあることは理解できたのだが、それ以上に平時であれば物事を多面的な角度から見ることのできる父上がそこまで頑なになっているという事実に私は驚いていた。
そもそもソフィアが屋敷の中にすでにいないというそのことだけでも、私の中ではとてつもなく大きな衝撃だったというのに。まさかその理由が父上にあり、さらには私の手紙を読んだうえでまだこの状況だというのだから、にわかには信じられなかった。
だが実際ここにソフィアはおらず、すでにブランシェ伯爵領へと彼女が戻されてから数日が経っていて。そして父上は執務のため登城しているという事実だけが、今私の目の前にある現実なのだ。
「……とにかく、まずは父上がお戻りになられ次第話をしてみる。それとソフィアとも連絡が取りたいので、今のうちにブランシェ伯爵領へと出す手紙の用意をしておきたいのだが」
「すぐにお部屋へとお持ちいたします」
「あぁ、頼んだよ。それから誰か、現在の父上のご様子を知っている人物を集めてくれ。詳しく話が聞きたい」
「承知いたしました」
まずは情報の収集と、ソフィアへの謝罪も含めた詳細の連絡の二つが最優先事項だろうと頭を切り替えた私は、それぞれ使用人たちに指示を出す。
本音を言えば心の中はソフィアがいないというその現実に荒れ狂っているのだが、今それを表に出したところでなんの意味も持たない。それよりも冷静に現状を分析し、己がとるべき行動を迅速に実行すべきだろう。
(場合によっては、ユゲットに直接説明してもらう必要も出てくるかもしれない)
父上がなにを危惧しているのかということを考えれば、彼女の助力を乞う可能性は非常に高い。特に全幅の信頼を寄せているはずの家令の言葉ですら聞き入れていない状況なのだとすれば、私が説明したところで信じてもらえない恐れがあるのだ。
困ったことになったと思うと同時に、それでもようやくここまでたどり着いた私にはソフィアを諦めるという選択肢は欠片もなくて。
「ウラリー、君は引き続きソフィアが使う部屋を整えておいてほしい」
「は、はいっ! 承知いたしました!」
とにかく今はソフィアがいつ戻ってきてもいいように場所を整えつつ、残されている私物の管理もウラリーに一任する。こう指示を出すことで今回の責任を負う必要はないのだという事実と、引き続きソフィアの専属侍女として働いてもらうつもりでいるのだということを私は彼女に伝えたのだった。




