21.心の距離
思った通り、王立図書館の名前を出せばすぐにソフィアの美しい瞳はさらに輝きを増す。キラキラと光を反射するその様子は、まるで本物のエメラルドのようで。けれど私にとってはどんなに高価な宝石よりも価値のあるその輝きこそが求めていたものであり、私が心から見たいと願っていた彼女の姿だった。
そうして自然な形で彼女を誘い出した私は、その日中にウラリーに当日の予定と、必要な物があれば値段を気にせずいくらでも買い揃えていいことを伝えたのだが。王立図書館へと向かう当日、今までに見たこともないほど美しさを解き放っているソフィアの姿に、まるで雪の精霊が舞い降りたのではないかと私は思わず本気で驚いてしまったのだ。
雪原を彷彿とさせるようなスノーホワイトの髪は癖一つなく、まるで早朝に降り積もったまま、まだ誰も足跡をつけていない新雪のよう。それはまさに彼女の清純さを表しているようで息を飲むような美しさを保ちながらも、同時に透けるようなその白い頬に乗せられた淡く優しい色合いが庇護欲をそそる。透明度を増したソフィアに合わせてなのか、動きやすさを重視しつつも儚さを強調するかのような淡いスカイブルーのドレスが選ばれているあたりが、なおさらこちらの守りたいと思う気持ちを増幅させてくるのだから、完璧としか言いようがない。
「あぁ、ソフィア……。とても、綺麗だよ」
それは、心からの言葉だった。十八年間生きてきて、ここまで美しい女性を私は見たことがないと本気で思う。それほどまでに、彼女の姿は美しさというものを体現していた。これで装飾品などは一切身に着けていないのだから、夜会に出るようになった日にはどうなってしまうことか。今から考えるのも恐ろしいほどである。
だが、今日はそんなソフィアを私が独占できるのだ。これほど嬉しいことはない。
「そろそろ出発しようか」
そう言って私が差し出した手に、ソフィアの細く白い手が重ねられた瞬間、どれほどの喜びがこの胸の中を満たしたことか。その場にいた誰にも、この心の内を本当の意味で理解することはできなかっただろう。
そこからは予定通り、まずは軽く昼食をとるために王都にある私がよく行く店へと向かった。
ここを選んだのは、一つはソフィアに私のことを知ってもらいたかったから。ただし、数多くある王都の店の中からこの店を選ぶことでどんな場所を私が好むのかを知ってもらえるのと同時に、今後は彼女との思い出の場所として共有できるのではないかという、ちょっとした下心があったことは否定できない。だがもう一つの理由こそ、ある意味この選択最大の理由だったと言っても過言ではないだろう。
それは――。
「美味しそうに食べているソフィアを見ていられるだけで幸せだよ」
こうして屋敷にいる時と同じような感覚で、ソフィアへ素直な言葉を伝えられると考えたからだ。思った通り、口からは当然のようによどみなく言葉が出てくるのだから、私の予想は間違っていなかったということだろう。
そしてこの状況を踏まえて、私は一つの確信を得た。
(もうすでに、ささやきではなくもっと直接的に愛の言葉を伝えたくなっているということは、つまり……)
以前よりもソフィアとの心の距離が近くなってきているということ。言い換えれば、私へと意識が向き始めている可能性も考えられるということだ。
その事実を踏まえ、もう少しだけ彼女に近づいてもいいのではないかと考えた私は、王立図書館にて。真剣な表情で文字を追う彼女の姿をあの頃よりもずっと近く真正面から見つめていたが、予定していた時間になると同時にソフィアの後ろに立ちその耳元に顔を近付けて、直接耳の中に言葉を流し込むようにささやいた。その際、彼女への想いがあまりにも強すぎて普段よりも低く掠れた声になってしまったのは、致し方のないことだったのだろう。
しかしそのおかげなのかソフィアの反応は今までと違い、かすかに肩を震わせたかと思えば片手で口を覆いつつ耳を赤くしていたので、おそらくこれまで以上に私のことを意識してくれていたはずだ。
そのことに嬉しくなって口の端が緩むのを抑えられなかったのだが、この時ばかりは許されるだろうとあえてこれ以上抑え込もうとはせず、むしろ素直に表情に出してしまうことにしたのだった。彼女のその耳元で、ふっと小さな吐息をこぼしながら。




