20.次の一手
そこからは食事に関する指示やソフィアの肌や髪に合いそうな香油の手配などをしつつ、なにか変化があれば逐一報告させていたのだが、不思議なことに彼女は屋敷内の探索の際になると、なぜか図書室だけはまるで場所を知っていて避けるかのように歩いていたらしく、本という言葉は一切出てこないまま。さすがに数日経っても報告が上がってこなかったことを考えて、こちらから提案してみることにしたのだ。「我が家の図書室にはもう足を運んでみたのかな?」と。
私がそう問いかけた瞬間の、すっかり忘れていたとでもいうような彼女の表情は、それはそれは可愛らしかった。普段はしっかりしている分、素が見えた瞬間と通常時の表情の差は大きく。それは思わず、私自身が意図しないまま笑みがこぼれてしまうほどで。
だがまさか、そのせいでソフィアが睡眠時間を完全に削ってしまうなどとは考えてもみなかった私は、ウラリーからの突然の報告に心の底から驚きと焦りを覚えてしまっていたのだった。
「は? ソフィアがここ数日、まともに寝ていない?」
「はい。どうやら夜中も夢中になって本を読んでいらっしゃるようでして、朝方お支度のためにお部屋に行くと、必ず持ち込んでいた本のほとんどを読了されているのです」
「それは……」
いくら彼女の本を読む速度が常人よりも速かったとしても、眠っている時間を考えればせいぜい眠る前に一冊だけ、などになるはずだろう。それがまさかの、ほとんど読了。しかもそのために取れる時間は、夕食や湯浴みを終わらせたあとのはず。となれば、睡眠時間を削っているのは明らかだ。
まさか私がすすめたせいでそんな事態に陥っているとは露ほども知らなかったので、このままでは体調を崩してしまう可能性も考慮するとあの細い体では重症になってしまうこともあり得るので、早くなんとかしなければと気持ちだけは焦る。
「……分かった。ソフィアがそんな無茶を二度としないよう、私のほうで対策を考えておくよ」
「よろしくお願いいたします」
だがそんな本音は一切表には出さず、私はつとめて冷静にそう告げた。
なにせウラリーにとってソフィアは、あくまでお預かりしているよその領地の令嬢だ。そんな人物相手に強く出ることもできず、しかも監視の目も行き届かないような時間や場所での行動ともなれば、いくら専属侍女として選ばれたとはいえどうにもできないと考えての行動だろう。だからこそ数日だけ様子を見てから、早めに私に報告をしてきたのだ。
私が知っているソフィアの性格を事前に伝えていたこともあり、その情報も含めて考えたうえでこのままでは問題になるだろうとウラリーが判断した結果、ということは。当然私としても、早急に策を講じる必要がある。そうでなくても、彼女にあまり無茶はさせたくないのだから。
(さて、どうするか)
ウラリーを下がらせてからイスの背もたれに体を預けつつ、私はこの先どう対応すべきかと思考を巡らせる。
ただ普通に言葉で伝えただけでは、隠れて今後も続けるかもしれないので却下だ。彼女の本に対する情熱を考えれば、多少睡眠時間を削ることなど一切いとわないだろう。だが、それでは困るのだ。
「本人が二度とやらないと心から誓うような方法、か」
手っ取り早いのは、部屋への持ち込み禁止だろう。ある意味それだけで睡眠時間を削るという行為は阻止できる。
しかしそれでは一方的にこちらが制約を付けているだけで、ソフィア自身が今後同じことをしないように意識づけるための効果はない。そもそも今後こういったことが出てくるたびに禁止にしていては、屋敷の中で過ごすこと自体が窮屈になってしまうかもしれないのだから、もう少し別の方法も考えるべきだろう。
「子供相手ではないのだから、もっと他にいい手は……」
そこまで考えて、ふと思いついた。最近は私のささやきにも慣れてきてくれているようなので、ここでさらに一歩踏み込んでみることにしてはどうか、と。そのための口実として今回のことを利用させてもらうのと同時に、彼女自身には少々恥ずかしい思いをしてもらえば、それ以降同じことをしようとは二度と考えなくなるはずだろう。
なにより、私にかけられた魔法を抑え続けるのもそろそろ限界に近かった。
どうやらソフィアが少しずつ私に対して心を開いてくれているようで、日に日にその力が強くなっていってることを自覚していたのだが、さすがに次の一手を仕掛けるにはまだ早すぎるのではないかと思っていたのだ。そんな中での、この情報。利用しない手はない。
「うん、いいね。楽しみだ」
今回は彼女の反応をそこまで気にする必要なく、私は私自身のやりたいように行動することができる。そう考えればむしろ笑みすら浮かんできてしまって、思わず本心が口からこぼれ出てしまった。
そうして私は、思いついたら即行動とばかりに翌日の帰宅後すぐにソフィアを抱き上げ、この腕の中で眠る彼女の姿を堪能したのだが。その直前までの戸惑いつつも恥ずかしそうにしている表情や、目覚めてからのまだ覚醒しきっていない状態は、案の定大変可愛らしかった。いやむしろ、予想以上だったかもしれない。
ただし今回に関してはさすがにこれだけでは足りない可能性もあったので、当然しばらくの間は部屋への書籍の持ち込みを禁止にさせてもらった。それを告げた瞬間のソフィアの表情はまさに絶望といった感じだったのだが、それを見て私はこの選択が間違っていなかったことを確信したのだ。すぐに納得していなかったということは、つまり同じことを繰り返す可能性が非常に高かったのだろう、と。
しかし禁止事項だけを追加したのでは、彼女にとって負の思い出だけが残ってしまう。直前まで私の腕の中にいたというのに、最後に残る感情があまりよろしくないものというのでは意味がない。
だからこそ私は、こう考えたのだ。部屋への持ち込み禁止令を上回るほど、ソフィアにとって強い興味を引かれる条件を提示すればいいのだ、と。




