18.ソフィア・ブランシェ伯爵令嬢
私の書いた怪しい内容を信じてくれたブランシェ伯爵家と何度か手紙のやり取りを交わして、最終的にはここアマドゥール公爵邸へとブランシェ伯爵令嬢が赴いてくれることが決定した。その手紙を読んでいた時の私の心情を、どう表せばいいのか。喜びと期待と若干の不安が入り交じったような、まるで夢を見ているような、けれど心の奥底から湧き上がってくる高揚感にこれは現実なのだと理解して、生まれて初めて叫び出したいほどの喜びというものを経験したのだった。
そこからは急いで準備をさせつつ、屋敷の中で不自由をさせないように専属の侍女を選び、ブランシェ伯爵令嬢に関する様々な情報をその人物に共有しておくことにした。もちろん他の使用人たちにもユゲットの魔法のことはある程度伝えてはいたのだが、さすがに全員に伝達してどこかから情報が洩れるようなことがあってはならないため、私の侍従など身近で働いてくれている一部の信用できる人物にだけ真実に近いことを直接伝えたうえで口外しないようにと念押しをして、万全の状態でブランシェ伯爵令嬢を迎え入れることにしたのだ。
「つまり、私は未来の奥方様になる可能性の高いお嬢様のお世話をさせていただけるということでしょうか?」
「そうだよ。彼女に気に入られれば将来はそのまま夫人付きになることもできるし、最終的には侍女長にもなれるかもしれないね」
「そのように名誉あるお役目をいただけるなど……! このウラリー、お嬢様に快適にお過ごしいただけるように全力でお仕えさせていただきます……!」
特にブランシェ伯爵令嬢の専属侍女に任命予定のウラリーなど、この調子で大変感激していて。確かに彼女からすれば大抜擢としか思えない人選だったのかもしれないが、実際には彼女も今後夫人付きとなるために多くのことを学んでおり、また人柄や相性を考えても問題なさそうだと判断したからこその選択だった。
この時の判断は間違っていなかったのだということを、私はかなりあとになってから知ることになるのだが。今は未来に起きる事態などなにも知らぬまま、ブランシェ伯爵令嬢がやってくる日を子供のように待ちわびていた。
そうして、彼女と再会できるその当日。オーギュスタン殿下には事前に説明していたとはいえ、個人的な理由で周囲に負担を増やしてしまうわけにもいかないと到着予定の時間まではできる限りの仕事を終わらせるつもりで登城していたため、屋敷に帰ってからも結局着替えることなくそのまま出迎えることになってしまったのだった。とはいえ正式な格好をしていることに変わりはないので、むしろ私の本気が伝わればいいのではないかと好意的に考えてしておくことにしたのだが――。
「すまない。待たせてしまったね」
応接間に入った瞬間、目に入ってきた雪原を彷彿とさせるようなスノーホワイトの髪と、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳に透けるような肌と淡い色の唇の持ち主。まごうことなき私の想い人であるソフィア・ブランシェ伯爵令嬢の姿を認識した瞬間、淡い思い出がよみがえり胸が高鳴るのと同時に、情けないことに若干動揺して足を止めそうになってしまった。
だがここで、目の前の彼女が立ち上がろうとする姿勢を見せたことでハッと我に返り、急いでそれを片手で制してから向かいのソファーに腰を下ろして笑顔を向けた。そのまま不自然に思われないよう流れるように使用人へとこう告げることで、わずかな時間だけでも彼女から視線を逸らす。
「そのままで構わないよ。それと、私にも同じものを」
「かしこまりました」
彼のその返答を聞いて応接間を出て行く姿を見送りながら、私はいったん自分の心を落ち着ける時間を設ける。そうでなければ平静さを保てそうになかったからだ。
考えてもみてほしい。六年もの間想い続けてきた、しかも一度しか会話したことのなかった相手が、今目の前にいるのだ。しかも普段私が生活している屋敷の、その中に。
訳アリではあるがこれから共に時間を過ごすために、わざわざ領地から出てきてくれているのだ。そんな状況の中冷静でいられるわけがない。普段通りに振舞って落ち着いているように見せるだけで精一杯になってしまうのは、もはや当然のことだろう。さらに応接間の中に二人きりともなれば、なおさら。
「ソフィア・ブランシェ伯爵令嬢。この度は私の一方的な依頼を受けてくださったこと、心から感謝申し上げる」
だから改めて向き直ってから発した言葉が硬くなってしまったことも、仕方のないことだったのだ。そもそも本来ならば領地にいるべき時期に非常識にも王都の屋敷に呼び寄せたのだから、これくらいの敬意を払ってもおかしくはないのだが、とはいえ令嬢を緊張させてはいけないとすぐに思い直しその直後からは普段通りの言葉選びにすぐ戻すことができたので、特に不審がられることはなかっただろう。
なるべく笑顔を心掛けつつ話しかける私だったのだが、その笑みの半分ほどは意識しなくてもこぼれ出てしまうようなものだった。なにせ彼女と言葉を交わすのは、これが人生で二度目の機会なのだ。それでいてこんなにも長く、しかも今後は周りの目をほとんど気にすることなく話しかけることができるというのだから、これほど嬉しいことはないだろう。
だが一つ気になったのは、久々に見た彼女の姿がまるで学園に入りたての頃のように痩せ細ってしまっていたこと。領地が貧しいという情報は得ていたが、まさか十二歳の頃と同等の細さにまで戻ってしまうほどとは思ってもみなかったのだ。
(よくよく見れば雪原のような髪もどこか痛んでいるのか、あちらこちらに軽いうねりのような癖がついてしまっている気がする……)
ユゲットの魔法のせいで巻き込んでしまったことを申し訳ないと思っているのも本心ではあるので、殊勝な表情をしながら話を続ける私ではあったのだが、実はその裏で彼女のことをこれでもかと観察していたなどとは、おそらく本人には一切気付かれていなかったことだろう。




