17.手紙の内容
とりあえず最初の手段として考えたのは、手紙を出すこと。ある程度本当のことを告げて、資金援助と引き換えに助けてほしいと訴えかけてみるのはどうだろうか。
「……残念ながら、本気で困っていることは事実だというところが痛いな」
本当に残念なことだが、それは嘘偽りのない真実。であれば、あとから本当のことを告げたとしても誰に責められることもなく、私の良心も痛むことはないだろう。いやむしろ、できることならばブランシェ伯爵令嬢には偽りなど一つも告げたくないというのが本音ではあるのだが。
「問題は、こんなにも怪しい内容の手紙で本気だと思ってもらえるのかどうか、というところかな」
正直、私宛に届けられた手紙の中に魔女の魔法がなどと書かれていた場合、どう考えても怪しすぎて警戒するだろう。むしろふざけているのではないかと疑い、取り合わない可能性が高い。
しかし今回は仕方がないと言えるほどのある意味緊急事態であることに変わりはないのだし、そもそも接点など一つもないはずのアマドゥール公爵家からの手紙ともなれば、たとえ疑っていたとしても返信だけはおそらくしてくれるだろう。仮に本物かどうかすら疑われてしまっていた場合でも、公爵家の名を騙る不届き者がいるのではないかと考え、一度は確認のためその旨を伝えるような手紙が届くはずだ。
欠点としては手紙の内容が事実だと理解してもらえたとしても、ブランシェ伯爵や令嬢がこちらの願いを聞き入れてくれるかどうかは、また別の問題だというところだろうか。『雪野菜』という手段を手に入れた今、はたして伯爵領にとって借金の完済までの期間が大幅に早まることが、どれほど価値があるのかということなのだが。こればかりはこちらでは判断できないので、交渉内容として最適なものだったと信じるしかできることはない。
けれどだからこそ、私は保険としてもう一つの条件を追加する予定でいる。ただし最初からこちらが提示するのではなく、あちらからの提案を了承するという形での条件の追加としたいと考えているのだ。
おそらくこの二年間、ブランシェ伯爵令嬢は新しい書籍に触れることができていないはず。であれば、新しい知識を得る機会としてアマドゥール公爵家の蔵書量というのは、彼女にとってはかなり魅力的に感じられるのではないかと予想できる。なので、そうと気付かれぬよう最初の手紙の中に、ある一文を忍ばせておくのだ。我が家の図書室に保管されている大量の蔵書をもってしても、魔女の魔法に関する詳細を知ることはできなかった、と。
「これで少しでも、彼女の知識欲が刺激されてくれるといいのだけれどね」
ここに関しては、もはや賭けにも近い部分だった。だが私もある意味で必死なので、できることは全てやり切るつもりでいるのだ。こんなところで出し惜しみをしている場合ではない。
さらに伯爵家にとってもしっかりとした利が得られるように足りなければ増額に応じる旨と、最初の契約金以外にも報奨金や報酬金については別途支払う予定でいるという破格の条件をしっかりと提示しておくことにした。ここに関しては、殿下からも今後のためになるならば王家からの支援も辞さないとの許可を得ているので、特に問題はないはずだ。むしろ早めに伯爵家に恩を売っておきたいというのが、王家としての本音であると考えていいだろう。
いずれにせよ、まずは相手の出方を見てからになる。特にブランシェ伯爵令嬢に頼みたい仕事の内容についてなど、今後の手紙に書くかどうかは最初に届いた返事次第でいいはずだ。簡単な仕事と言い切ってしまってもそこは事実なので問題はないが、内容そのものの詳細を具体的に語るとなると手紙では難しい部分も出てくるかもしれないので、こればかりは仕方がない。
そんなことを考えつつ、書き終えた文章にもう一度目を通して問題がないことを確認してから丁寧に折りたたみ、用意していた白い封筒の中へと入れて赤い蝋を垂らし我が家の紋章が入った印を押して封蝋を完成させる。
「残りは明日の朝、かな」
眠る直前の自室で一人、あらかじめ考えていた内容をペンを走らせつつ綴っていただけなので、あとはこの手紙を使用人に託せば誰にも内容を知られることなくブランシェ伯爵領に届くはずだ。念のため便箋や封筒にはユゲットがあらかじめ魔法をかけてくれているので、封蝋をした時点で他の人物の元に配送されてしまったりだとか、あるいは誰かが勝手に封を開けて中身を読むということがないようにはしてあるらしい。
ただしユゲット曰く「アマドゥール公爵家からあまりに強い魔法で守られた手紙が発送され、かつその行き先が一切接点などなかったはずのブランシェ伯爵領だってことを誰かに悟られてしまえば、後々厄介なことになるのは目に見えてるからね。魔法自体はそこまで強いものにはしてないよ」とのことだった。そのため悪意を持って魔法を解除されてしまった場合のことも考えて、伏せておきたい内容や魔法の詳細などは手紙に書かず、実際にブランシェ伯爵令嬢と顔を合わせた時に話すようにと忠告もされていた。
「はたしてそれが真実なのかどうかは、少々怪しいところだけれどね」
こちらで返信用の便せんや封筒を用意して同封することもできるのだが、貴族間でそういった行為をする場合は自力で返信用の手紙すら用意できないほど困窮している相手にのみだ。なのでいくら事情が事情とはいえ、そんな失礼なことをするわけにもいかないだろう。
そのため伯爵家からの手紙には当然ユゲットの魔法の効力などついていないし、そこから情報が漏れてしまう可能性を考慮しておくべきだというのも理由の一つだと理解しているが、それ以上にあのお節介な魔女のことだ。わざと私にそう伝えておくことで、最初から手紙の内容を伯爵家の納得を得やすい形に誘導している可能性も否定できない。仮に私がブランシェ伯爵の立場だったとすれば、自分の娘に懸想していると知っている男の元に送り出すなど心情的に難しいだろうし、許可を出すことだってためらってしまうだろう。
そういった意味では、この手紙にかけられた魔法が強力でないのはユゲットの思惑が多大に含まれているからだったとしても、見逃していい程度だと考えられてしまう。むしろ私が彼女の意図を十分理解できることを見越したうえでの行動だったとしても、なんら不思議はない。そして実際、私自身も全てを手紙に書くのはあまり得策ではないと考えていたのだから、利害は一致しているのだ。
「まぁ、ここまでの好条件を提示してもダメだった場合は、結局諦めるしかないかな」
手紙を机に置いて、今日はもうこれで眠ってしまおうと考えながら立ち上がった私はそう呟くが、当然本心としては色よい返事を期待しているというのが偽らざる本音である。
そんな私の手元にブランシェ伯爵家からの手紙の返事が届いたのは、それから六日後のことだった。