16.決意
お節介な友人たちの顔を見てもう一度だけため息をついた私は、いい加減に覚悟を決める。そもそもこの状況下で選択肢がないというのは本当のことであり、さらにはブランシェ伯爵家に迷惑がかかることも決定しているのであれば、もういっそのこと開き直って本気で彼女を手に入れるために動いたほうが建設的だろう。
「分かった、降参するよ。一度だけ本気でブランシェ伯爵令嬢に向き合うと約束する」
「おぉ!」
「そうこなくっちゃ!」
困ったことに私にも大きな利があるので、この機会をみすみす逃すわけにはいかないのではないかという打算的な考えすら浮かんでくるのだ。そうなるともう、頭はそのための方法ばかりで埋め尽くされてしまう。なぜか今日ばかりは、それを理性で押しとどめることはできなかった。これもユゲットの魔法の影響なのだろうか。
だが今回のような失敗は二度と犯すわけにはいかないので、覚悟を決めると同時に正直に言葉を口にするという敗因にしかならない行為は今後さらに控えようと、私は一人心に誓ったのだった。特にそれぞれ別の強大な力を持つこの二人の前では、なおさら気を付けていくべきことだろう。
様々な決意を固めた直後ではあったが、とはいえ最初にこれだけは伝えておかなければとも思ったので、完全に盛り上がられてしまう前に私は素早く口を開いたのだった。
「ただ、一つだけ。もしも私が受け入れてもらえなかった場合は別の魔法を使っても構わないので、今のこの状態をなかったことにすると約束してほしい」
「えぇ? う~ん……」
「まぁ、もしもフェルナンが振られた時には考えてあげてもいいかもしれないね」
「あり得そうにないけど……ま、その時になったらだね」
若干渋る様子を見せたユゲットだったが、そこは殿下の口添えでなんとか要求を通すことができたようだ。まだ怪しい部分は残っているものの、今はとりあえずこれでいいだろうと判断できる範囲だったので、深くは追及しないことにする。
本当ならば今すぐにでも魔法そのものをなかったことにしてほしいくらいなのだが、今のユゲットに何を言ったところで無駄なのはよく分かっているし、困ったことに彼女は今まで酔って記憶を失くしたという経験もないそうなので、おそらくは明日以降に訪ねたところで意見を変えることはないだろう。ならば今すぐではなく、努力したあとの結果次第では元の状態に戻れるよう交渉しておいたほうが現実的だろうと判断してのことだったので、現時点ではある程度の言質を取ることさえできばそれでいい。
「あぁ、そうそう。ちなみにさっきのオーギュスタンの質問の続きだけどね。素直になる魔法には言葉通りの意味だけじゃなく、相手がどれだけフェルナンを受け入れているかによって言動が変化するようにも設定しているから。最初はささやく程度でしか愛を伝えられなかったとしても、心を開いてくれれば抱擁ぐらいは普通にできるようになるかもしれないねぇ」
「……は?」
だがそんな私の考えなどお構いなしに、ユゲットはさらなる問題発言を次々と落としていくのだ。
「心配しなくても、さすがに本心全部が声に出るようにはしてないから、そこは安心していいよ。アタシにだってそれぐらいの良心ってものはあるんだからね」
「なっ……!」
いや、良心を発動してほしかったのはそこではない。と冷静に口にできるほど、今の私は頭が回っている状態ではなかった。むしろようやく落ち着いてきたところだったというのに、また混乱の渦の中心部に叩き落されたような気分ですらある。しかも先ほど正直に言葉を口にするような行為は控えようと決意したばかりだというのに、よくよく考えてみればその魔法のせいでブランシェ伯爵令嬢の前ではその誓いさえ意味をなさない可能性が高いということに今さらながら思い至って、早くも心が折れかかってしまう。
しかし殿下もユゲットもこちらの様子など気にする素振りさえなく、衝撃に固まる私をよそに普段と変わらぬ雰囲気で会話を続けていた。
「そもそも今の進行度がどの程度か分からないままじゃあ、告白したって成功するわけがないだろう? アタシはフェルナンにはちゃんと結ばれて幸せになってもらったうえで、副次的な産物として魔法を解いてもらいたいって思ってるんだよ。どっちかっていうと魔法のほうがおまけなんだからね。失敗するようじゃあ意味がないよ」
「なるほど。つまりフェルナンはその時点での自らの言動の積極性で、どれほどブランシェ伯爵令嬢に受け入れてもらえているのかがすぐに理解できるようになっている、ということだね」
「そういうことだよ。だから失敗するなんてこと、まずありえないだろう?」
「確かにそうかもしれないね。相手との距離感を理解できるのならば、確実に成功すると確信が持てるまで待てばいいのだから」
表情は真剣そのものだというのに両者ともずいぶんと弾んだ声で言葉を交わしているが、そんな二人の頭の中からは完全に抜け落ちている事実があるのだということに、この時点ではようやく持ち直し始めてきていた私だけが気付いていたのだろう。
(大前提として、ブランシェ伯爵令嬢に想い人がいた場合には完全に破綻している計画でしかないのだけれど)
どうやらそのことには思い至っていないらしい。ちなみにその場合は、私がどれだけ努力しようとも全ては無意味に終わるのだが、はたして二人はそれでいいのだろうか。
そして、もう一つ。もしも私が彼女の好みの範囲から大幅に外れていた場合も、同じように努力が無意味に終わる可能性は高い。
困ったことに、私はブランシェ伯爵令嬢の異性の好みなど一度も調べたことはないのだ。それ以前の問題で、彼女が学園在籍中に本以外と向き合っている姿を目にしたことすらないので、恋愛に対して興味があるのかどうか以上に好きな色も好物さえも知らないままだったりする。
(当時は叶わぬ想いだからと、必要以上に知ろうとはしていなかったからね)
仕方がないことといえばそれまでだが、こればかりは誰にも気付かれないようにしなければという思いもあったので、本人にはおろか周囲の人物にも一切確認したことがなかったのだ。まさかそれが今になって仇になる可能性が出てくるなど、誰が予想できたというのか。
「言動が過激になればなるほど、想いが向いている証拠だからね!」
「なるほど! それは分かりやすくていいね!」
さらに盛り上がる二人を横目で見つつ、本日何度目かも分からないため息をこぼしながら、グラスに注いだままだった白ワインに口をつける。ユゲットの魔法のおかげなのか、決してぬるくなることはないそれの爽やかな香りと、かすかな甘さを舌で感じながら。まずはどう動くべきだろうかと、私は私で今後の計画について頭の中で整理し組み立て始めたのだった。




