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侯爵様に愛をささやかれるだけの、とっても簡単なお仕事です。  作者: 朝姫 夢
月の侯爵様の想い人 ー フェルナン視点 ー

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6.可能性

 それからというもの、私は図書室へ足を運ぶたびに彼女の姿を探すようになった。もちろんその日のうちに貴族名鑑に目を通し、彼女と同じ髪色や瞳の色を持つ人物を探してみたのだが、確実にこれだと確信を持てるほどの情報は見つけられないまま。結局私は名前を知ることすらできずにいたのだ。

 だが不思議なことに、私が図書室の中を探せば必ず彼女はそこにいて、かつ初めて会った日に座っていたその場所に毎回腰かけていた。あの人目につかないような図書室の奥、植物に関する専門書が数多く置かれている本棚のすぐそばで。


(領地の特産品に関係があるのだろうか?)


 普通の令嬢が熟読するほどの内容が書かれている書籍が置いてあるとは、到底思えないこのあたりの分類を考えると、それが最も正しい答えなのではないかと思えたのだ。もしくは、これから領地をさらに発展させるために自主的に学んでいるか、嫁ぎ先となる予定の領地に必要だからか。


(いずれにせよ、十分な跡継ぎがいるとは考えにくいかもしれない)


 本来であれば令嬢が領地について学ぶ必要などそうそうないのだから、跡継ぎに問題があると考えるのが妥当だろう。

 例えば一人娘である可能性は、まず否定できない。その次に考えられるのは、病弱な兄や弟がいる可能性。もしくは放蕩(ほうとう)者だったりあまり領地経営に興味がない兄弟に代わって、彼女が婿を取り領地を盛り立てていくのか。あるいはもっと別の問題があるため、すぐに領地経営を支えるための補佐として入る必要があるのか、それとも婚約者やその領地にこそ大きな問題があるのか。

 この中のどれに当てはまるのか、今の私が持つごく少ない限られた情報の中で断定はできないが、どの可能性であったとしても一つだけ分かったことがある。それは――。


(彼女は他の跡継ぎとなるどの人物よりも、領地のことを第一に考えているのだろう)


 常に図書室で彼女の姿を見つけられるのは、決して私が幸運の持ち主だからではない。おそらく彼女は時間が許す限り、常にこの場所に足を運んで知識を吸収し続けている。そうでなければ説明がつかないのだ。

 それは裏を返せば、学園に在籍している間にしかできないであろう様々なことを完全に諦め、遠ざけている行為だともいえる。現に他の貴族令嬢であれば、放課後のこの時間はクラブ活動に専念していたり、友人たちと寮や王都のカフェなどで楽しい時間を過ごしているはずなのだから。


(……あぁ、そうか。そういったことを楽しむ余裕すらないほど、領地が貧しいという可能性もあるのかもしれない)


 いくつもの書籍を机の上に積み上げて、次から次へと読破していく彼女の姿を視線の端に捉えながら、今の今まで一人娘の可能性が一番高いのではないかと思っていた私は考えを改める。そして同時に貴族名鑑の中に書かれていた、その条件に当てはまりそうな伯爵位までの家名を思い出しながら、徐々に可能性を絞り込んでいった。

 正直なことを言えば彼女の名前や家名を知ったところで、私ができることなど何一つ存在してはない。そんなことは、十分すぎるほどに理解している。もちろん用事もないままに話しかけるような行為も、彼女にとっては迷惑な結果しか生み出さないということを知っているので、今までとなんら変わりはないのだということも分かってはいるのだ。

 だが今の私にとって、そういったことは一切関係がなかった。ただあの日向けられた彼女の真っ直ぐな視線と、その輝くエメラルドグリーンのような瞳が、何を求めて数多の書籍へと向けられているのか。私は個人的に、その理由が知りたかっただけなのだ。


 そうして定期的に図書室に足を運んで、半年が過ぎた頃。私が望んでいた瞬間は、前触れもなく唐突に訪れたのだった。


 その日の前日までは四年後の留学に備えて特別講師を招き、オーギュスタン殿下と共に十日ほど帝国の様々な文化を学んでいたので、今日ばかりは久々に自由な放課後を満喫していいと許可が下りていた私は、授業終了後すぐさま図書室へと向かった。というのも、今日一日周囲からの視線を強く感じていて。どうやらここしばらくは忙しくしていたので話しかけることも遠慮していたらしいのだが、どこかから特別授業がいったんの終了を迎えたのだという情報を聞きつけた主に令嬢たちが殿下や私をサロンに誘おうとしているのだと、同じクラスの男子生徒が教えてくれたのだ。

 となると、放課後すぐに寮に戻るのは得策ではないだろうということになり、かつ殿下とも相談し二人で行動を共にすべきではないという結論に至った結果。私はまだ調べたいことがあるかのように振舞って、図書室へと逃げ込んできたというわけだ。


(とはいえ、さすがに今日ばかりは、これ以上文字を読む気にもなれないかな)


 暇さえあれば本と向き合わなければならなかったこの十日間で、私も殿下も若干疲れがたまっていたのだろう。今はゆっくりと休みたいという、ただそれだけが私たちの唯一の希望だったのだから。

 なので最も人目につくことなく、かつ誰にも咎められないような場所と状況を作り出すために、目についた適当な本を手にしたまま。私は読書スペースのイスに腰かけて開いたページを凝視し、まるで内容を吟味しているかのようにみせかけていたのだった。



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