7.専属侍女ウラリー
専属侍女というのも気になるけれど、フェルナンのその言い回しからして依頼内容に関わることだと瞬時に判断したソフィアは、ひとまず質問は後回しにしてその言葉に頷く。
「ありがとう。先ほども伝えた通り、私はこれから毎日ソフィアだけに愛をささやいていくつもりだ。なのでそのために、基本的に朝夕夜の三回は必ず私と共に同じ時間を過ごしてほしい」
「朝夕夜の三回、ですか?」
「そう。私の仕事のある日は家を出る前と帰ってきてから、それと寝る前にでも時間をもらえれば、おそらく問題になるようなことはないと思う」
「なるほど、分かりました。ちなみにそれは、お食事の時間もご一緒する必要があるかもしれない、という認識でよろしいのでしょうか?」
愛をささやくために一緒に過ごす必要があるというのであれば、本来食事は別々でもいいはずだろう。だが今回のような特殊な案件の場合は、それでは足りなくなる時もあるかもしれないと予想しての質問だった。そして案の定、フェルナンはソフィアのその言葉にしっかりと頷き返す。
「そうだね。必要なのは愛をささやくための時間だから、本来であれば食事中はささやけるほどの距離ではないけれど。ただ食事も一緒に取ってくれるのであれば、私としてはとても嬉しいよ」
場合によっては食事の時間が被る可能性もあるだろうという意図も込めて、ソフィアが口にした言葉は。むしろ一緒にという、想定していなかった誘い文句になって返ってきた。
ここで万が一、食事の時間は別にしたいと言われていたら。その時はその時で毎回しっかりと確認するか、もしくは少し面倒かもしれないが部屋で食べることも検討していたソフィアとしては、それはむしろ考えを改めなければならない回答で。
「な、なるべく善処いたします」
「そうだね。無理はしなくていいよ」
寝坊して見送りには間に合っても、朝食まで一緒にというのは難しい日もあるかもしれない。その可能性を考えて答えた言葉にすら、フェルナンは優しく微笑みながらそう返してくれる。その姿に、思わずソフィアは考えてしまったのだ。
(こういうお方だからこそ、学園時代に私の耳にもお噂が届いていたのね)
学園に通っていた頃、ソフィア自身は一度もフェルナンと言葉を交わしたことはなかった。挨拶すら交わしたことがなかったので、今回が完全なる初対面なのである。けれど驚くことに、この大人な対応をしてみせる彼とソフィアは同じ十八歳であり、実は四年間ずっと同じ学園に通っていた同級生なのだ。
繰り返すが、ソフィア自身は一度もフェルナンと言葉を交わした経験はない。むしろ廊下ですれ違うということすらした覚えがないほど、遠く雲の上の存在であり。同時に周囲の女生徒たちが王太子殿下と並んで常に話題にしていた人物だ、という認識しか彼女にはなかった。
それが今ではこうして、彼の住む公爵邸で共に時間を過ごすことになっているのだから。人生とはどうなるか分からないものである。
「まぁ、ソフィアはあまり気負わないでいいよ。基本的には私の発作のような言動を拒まないでいてくれれば、それだけで十分だからね」
「発作……」
「そう、発作。実は今もソフィアの隣に座って、さっそく愛をささやきたい衝動に駆られているんだよ」
「っ!?」
それなのに、フェルナンは恥ずかしげもなくそんなことを軽々と口にして。この状況を疑問に思っている様子すら、一切見受けられない。
(魔法を受け入れすぎでは!?)
咄嗟にそう考えたものの、彼自身が制御できるのであれば自分は今ここにいる必要がない。ソフィアはそう思い直して、一度ゆっくりと深呼吸をしてから。
「今日からということでしたら、すぐにお相手いたしますが。どういたしましょう?」
これは仕事だ、報酬のための契約だと自分に言い聞かせて、彼女は問いかけを口にする。見た目と声は冷静に、けれど内心では緊張やら恥ずかしさやらで、心臓が口から飛び出てしまいそうになりながら。
そんなソフィアの様子に気付いたわけではないのだろうが、フェルナンは苦笑してから少しだけ恥ずかしそうに口元を手で覆って。
「いや、今はさすがにソフィアも長旅で疲れているだろうし、やめておくよ。もし頼むとしても、今日は就寝前だけで十分だからね」
そう答えてくれたので、ソフィアはそっと胸をなでおろす。
その時だった。外から扉がノックされる音が聞こえてきて、先ほどの男性使用人の声でウラリーを連れてきたという旨が告げられる。それにひと言「入れ」とフェルナンが返すと、扉の向こうから声の主の後ろに続いて、栗色の髪と瞳の女性が姿を現した。
「紹介するよ。彼女が、今日からソフィアの専属侍女になるウラリーだ。基本的には、君の側につける侍女全員を彼女が取りまとめてくれるから、困ったことがあったらすぐにウラリーに相談するといいよ」
「ウラリーと申します。どうぞこれからよろしくお願いいたします、お嬢様」
「え、っと……はい。ソフィア・ブランシェです。よろしく、お願いします」
そういえば専属侍女の話がまだだったと、彼女が現れてから気が付いたものの。この状況では、もう明らかに遅すぎた。
結局全てを受け入れるしかなくなったソフィアは、フェルナンに「疲れただろうから、まずはゆっくり休んでおいで」と促されたので彼女のあとをついていき、これから過ごす部屋へと案内されることになるのだが。そこで、あまりにも豪華すぎる部屋の内装に驚かされることを、この時はまだ何も知らずにいた。と同時に。
(もしかして私、選択を間違えたのでは……!?)
やはり場違いすぎるという感覚に、初日から早々に二度も決心が揺らぎかけるという体験までしてしまうのだった。