11.ピンクの花束
「へぇ? なるほどねぇ。そんなことをユゲットが」
ソフィアから話を聞いて、ふぅん、とつぶやくフェルナンの目は、明らかに据わっていた。その様子に、なにか言ってはいけないことを伝えてしまったのではないかと怯えていたソフィアだったのだが、そんな彼女に気付いたフェルナンはいつものように優しく微笑むと。
「大丈夫だよ、ソフィア。私が怒っているのはユゲットに対してだけだから、そんなに脅えないで」
そう言いながら、そっとソフィアの頭をなでる。ただし、その先の言葉もしっかりと付け加えながら。
「それにユゲットが語ったそれは、全て作り話だよ。私の記憶からもその事実を消したのだと仮定したところで、魔法をかけられてからソフィアに手紙を出すまでの期間を考えると、どう考えても時間が合わないからね」
「作り、話……」
そう聞いた瞬間、なぜか体の力が抜けてしまったように感じて思わずうなだれてしまうソフィアだったが、それならばどうしてユゲットはそんな話をしたのだろうかという疑問も頭の片隅に残る。だがそこに関しては、フェルナンも同じだったようで。
「しかし、なぜユゲットはわざわざそんなことを……。彼女は時折よく分からないことをするから、時間がある時に呼び出してどんな意図があったのかを確認しないといけないな」
まるで独り言のようにそうつぶやいた声が、ソフィアの耳にも届いた。
とはいえ今は理解できないことを考えていても仕方がないと諦めたのか、それともよくあることだから慣れているのか。フェルナンはすぐに頭を切り替えたようで、あらためてソフィアに向き直る。
「いずれにしても、本当のところはユゲットにしか分からないからね。ここで私たちが考えたところで、きっと答えは出てこないよ」
「……はい」
「それよりも」
そこでフェルナンは言葉を切って、軽く手を叩く。
突然の行動に何事かと驚いているソフィアをよそに、扉の外に控えていたらしいフェルナンの従者が応接間へと足を踏み入れ、そのまま手に持っていた箱をフェルナンの前に差し出した。その箱にフェルナンは躊躇なく手を入れ、中から何かを取り出してそれを抱えると、再びソフィアの足元に片膝をついてひざまずいて――。
「ソフィア。魔法の内容など関係なく、私はずっと君だけを見て君だけを愛してきた。この気持ちに偽りがないことを示すために、これを用意してきたんだ。どうか、受け取ってほしい」
そう言いながらソフィアの目の前に、ピンク一色で作られた花束を差し出したのだった。
「え……」
それはフェルナンの言葉通り、偽りが許されない色。デュロワ王国においては初代王にならい、求婚の際には必ず必要とされるものが、このピンク一色の花束なのだから。
他の色が一つも混ざっていない、純粋なピンクだけのその花束を用意するには相当な覚悟が必要で、同時にそれはその人物の本気を表すものでもあった。
冗談で渡すことが許されないその色を目の前にして、ソフィアは花束とフェルナンの顔を交互に見つめる。言葉では想いを示してくれていたが、まさか目に見える、しかもこんなに大きな形でその本気を示してくれるとは思ってもみなかったので、逆に戸惑ってしまう。
確かにソフィアはフェルナンに想いを寄せている、それは間違いない。
だが婚姻となると、それはまた別の話なのだ。
代々外務大臣を務めてきたアマドゥール公爵家の嫡男と、特に重要な役職など持たない貧乏伯爵家の令嬢。世間から見れば、どう考えても釣り合いが取れないと思われるのは必至だろう。
もちろんソフィアの中からは、すでに魔法のせいだという認識は消えている。フェルナンが本気なのだということも、十分伝わってきている。本音で言ってしまえば、今すぐにでもこの花束を受け取って自分も同じ気持ちなのだと伝えてしまいたい。
だが同時に、躊躇してしまうのも事実なのだ。
「本当に……フェルナン様のお相手が私のような貧乏伯爵家の娘で、よろしいのですか……?」
だからこそ、ソフィアはあえて問いかける。決して自分を卑下しているわけではなく、ただただこれが事実だからこそ、しっかりと確認しておきたかったのだ。フェルナン・アマドゥールという人物の隣に立つ人物が、本当にそれでいいのか、と。
だが、ピンクの花束を差し出せるほど覚悟の決まっている男が、今さら迷うことも怖気づくこともあるはずがなかった。
「私が、ソフィアでないとダメなんだ。それに伯爵家の令嬢ならば公爵家に嫁いでも問題ないのだから、誰に文句を言われる筋合いもない。なにより君はこれから『雪野菜』を生み出した才女として、誰からも尊敬される立場になる。それだけの実績を持っている令嬢を、今後他の家だって放っておかないと思うよ」
意識をしているわけではないのだろう。フェルナンからすれば、それら全てが本心なのだから。
けれどその言葉の数々は、領地のためだけに必死に頑張ってきたソフィアにとっては自分の今までの人生を受け入れるだけでなく、肯定までしてもらえたようなもので。心からの喜びに胸が震えて、涙がこぼれそうになる。
だがフェルナンの言葉は、まだそこで終わりではなかった。
「それにね、ユゲットもオーギュスタン殿下もこれだけは知らないのだけれど……。実はソフィアこそが、私が初めて恋をした女性なんだよ」
「……え?」
「いずれは父上が決めた相手と婚姻を結ぶのだろうと幼い頃から考えていたのもあって、私は女性への興味があまりにも薄かったんだ。だからソフィアに出会うまで、誰かをこんなにも強く想ったことなど一度もなくてね。私自身も呆れてしまったくらいだから、遅すぎると笑ってくれても構わないよ」
「そんなっ……!」
新たな事実に驚く暇もなく、自嘲するようにそう告げるフェルナンに対して、ソフィアは否定の言葉と同時に首を力いっぱい横に振る。
そもそもソフィアに至っては、唯一の出会いの場であったはずの学園で図書室にばかり通い、結婚相手を探すことどころか普通に交友関係を広げることすら早々に諦めていたのだから、ある意味フェルナンなど比にならないほど周囲からは呆れられていただろう。さらにソフィアの初恋はもっと遅く最近のことなのだから、なおさらだ。
そんな風に考えるソフィアの心の内を読んだわけではないだろうが、フェルナンはふっと一度小さく微笑んでから、真っ直ぐその視線をソフィアへと向けると。
「けれどだからこそ、もう諦めないと決めたんだ。ソフィアに想う相手がいないのであれば、私の気持ちを受け入れてほしい。そしてどうか、今度は私の正式な婚約者として、屋敷に戻ってきてほしいんだ」
今まで以上に真剣な表情で、そう告げたのだった。




