9.愛の告白
「私が愛を伝えているのはユゲットの魔法のせいだと、ソフィアは今までずっとそう考えていたのだろう?」
その言葉に、ソフィアは素直に頷いてみせる。そもそも一番最初に魔法の詳細について説明された時にも、女性に対して愛をささやいてしまうとしか聞いていなかったのだから、当然といえば当然だろう。明らかに不特定多数の女性を指しているとしか思えないような言い回しだったことに関しては、今でも解釈が間違っていたとは思えないのだ。
しかしフェルナンが語る内容は、ソフィアが考えていたものとは全く違っていて。
「ごめんね、ソフィア。私は君が勘違いをしていると分かっていて、それでも今まで訂正してこなかったんだ。全ては私が、ソフィアと共にいたいがために」
「っ……!」
謝罪の言葉通り申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、フェルナンはソフィアの両手に重ねている手とは反対の手を伸ばし、スノーホワイトの髪ごと頬を包み込むようにそっと触れてくる。
「私は四年間、ずっと君のことばかり見ていたんだ。学園を卒業してからも、忘れることなどできなくて……。それをユゲットとオーギュスタン殿下に知られてしまって、いくつもの魔法をかけられてしまったあの日……このまま何もなく終わるくらいならば、一度だけ君を手に入れる努力をしてみようと思ってしまったんだ」
だから手紙を書き、一か八かの賭けに出たのだとフェルナンは語る。切なさを乗せたアメシストの瞳で、真っ直ぐにソフィアを見つめながら。
「もしも手紙の段階で断られてしまった場合には、その時点で諦めようと思っていたけれど……返ってきた手紙には、承諾の旨が書かれていて。だからこそ、私は私自身の願いを叶えるために決意したんだよ。今度こそソフィアに私のことを知ってもらって、その心を向けてもらおう、とね」
「っ……」
柔らかく微笑むフェルナンのその表情も視線も、愛おしさを一切隠していないことは誰の目から見ても明らかなほどだった。それは当然、恋愛経験など無いに等しいソフィアですら例外ではなく。
そうして彼は、真っ直ぐに言葉を紡ぐのだ。嘘偽りのない、素直な心そのものを。
「愛している、ソフィア。ユゲットの魔法のせいなどではなく、本当に心から。私はもうずっと長い間、君だけを想ってきたんだ」
「っぁ……」
これ以上ないほどの愛の告白に、ソフィアは何か言わなければと思うのに。その思いとは裏腹に、どうしても言葉は出てこない。
それは、彼女が望むことすら初めから諦めていた叶うはずのない願いであり、同時に最も聞きたかった言葉だったのだから。都合のいい夢を見ているのではないかと考えてしまうほどには、現実味があまりにも薄いのだ。そんな中でどう言葉を紡げばいいのかなど、領地のことばかり考えていたソフィアの頭の中に思い浮かぶはずもない。
けれどソフィアが反応できない理由を、フェルナンも正確には読み取れなかったらしい。
「こんなにも卑怯な人間で、本当にごめんよ。けれどソフィアと屋敷の応接間で初めて会った日に、いきなり全ての真実を伝えるわけにはいかないと思ったんだ。だから少しだけ内容を伏せた状態で、それでも嘘をつきたくはなかったから言葉を選んで、事実だけを話すことにしたんだよ」
あまりにも唐突すぎる告白に驚きすぎているのだと解釈したフェルナンは、ソフィアが初めて言葉を交わしたのだと認識していたあの日の真実を、ゆっくりと語り始めたのだった。
「手紙でのやり取りで、ソフィアが私とは一度も面識がないと思っているのだということは、理解していたからね。初めて言葉を交わすような男から想いを寄せられているなんて、女性からすれば恐怖でしかないと思ったんだ」
だからこそ、あえて「女性に対して」と対象を曖昧にして伝えたのだという。そうすればきっと、ソフィアもそこまで警戒しないでいられるだろうと考えたからだ、と。
実際あの日のソフィアはフェルナンの説明を聞いて、大変な事態を招きかねない恐ろしい魔法だと思ったのだから、彼の思惑はおおむね間違っていなかったと言ってもいいのだろう。
だが同時にそのことが、こうしてややこしい状況を生み出してしまっているのだ。フェルナンも、そのことに思い至ったらしい。
「けれどそのせいで、今こうして私が想いを伝えたところで、ソフィアはその全てを信じることができないかもしれないね」
「!! そ、そんなことはっ――!」
「いいや。初めから全ての真実を伝えられなかった、臆病な私が悪かった。それは変わることのない事実だよ」
フェルナンの表情が若干悲しげに歪んだことに気が付いて、ようやくソフィアが発した言葉はしかし、そっと唇に添えられた彼の人差し指に優しく遮られてしまい。結局、最後まで言い切ることはできなかった。
「だからね、ソフィア。遅すぎるかもしれないけれど、今度こそ全ての真実を君に話すから。どうか、聞いてほしい」
だが次にフェルナンの口から出てきたその言葉に、ソフィアが即座に頷いてみせると。その瞳は、ようやくホッとしたように緩んだので。
(……今はまず、フェルナン様のお話を全て聞いてから。私の想いをお伝えするのは、そのあとでも遅くないものね)
今までにないほど高鳴る胸を落ち着かせるために、一度自分にそう言い聞かせるように考えてから、ソフィアが話を聞く態勢へと姿勢を正すと。それを感じ取ったフェルナンは「ありがとう」と微笑んで立ち上がり、今度はソフィアの隣へと腰を下ろし近い位置で向き合うようにしてから、おもむろに口を開いたのだった。




