8.決定打
「アマドゥール公爵様がお許しになられたのだということは、よく分かりました。ですがフェルナン様は、本心から私のことを愛してくださっているわけではないはずですよね? そもそもユゲット様が魔法を解くことができる人物として私を指定するまで、一度も接点がなかったのですから」
だから魔法のせいで、目の前にいる自分を本気で愛しているものと誤認しているだけだと、そう伝えようとしたソフィアの言葉は。
「いいや、違うよ。私たちは学園で、一度言葉を交わしているからね」
「…………え?」
告げられた一つ目の真実に、途中で止まることになってしまったのだった。
けれど固まってしまったソフィアに対して、フェルナンは二つ目の真実をサラリと口にする。
「それに私は、学園の図書室で真剣に本と向き合うソフィアの姿を何度も見ていたから、君のことはよく知っていたんだよ」
「……」
もはや言葉もなくそのアメシストの瞳を見つめているだけのソフィアは、開いた口が塞がらない状態だった。それほどまでの、衝撃。
なぜ初対面のはずなのに自分のことをよく理解しているのかと、出会った最初の頃にフェルナンの言動に対して不思議に思った覚えはある。だがまさか実際に知られていたなどと、ソフィアは一度も考えたことがなく。さらには言葉を交わしたこともあったのだと言われても、全く身に覚えがなかった。
「専門的すぎてあまり人気がない分野の書籍を何冊も机の上に積み上げて、ひたすらに読み進め続けるその姿は本当に魅力的で。気が付いた時には目が離せなくなってしまっていて、その姿を見たいがために私は何度も図書室に足を運んでいたんだ」
だが目の前でそう語るフェルナンは、どこか懐かしそうでありながら同時に恥ずかしそうな表情もしていて。それは恋愛経験など皆無に近いソフィアから見ても、恋をしている顔なのだとひと目で分かってしまったからこそ――。
「っ……!?」
先ほどとは違う意味合いで体が硬直してしまい、さらには急激に体温が上がっていくような錯覚を覚える。まるで、フェルナンに愛をささやかれた時のように。
事実、ある意味でこれはフェルナンからの盛大な愛の告白とも言えるような言葉の数々だったのだが、残念ながら今のソフィアにはそこまで冷静に考えられる余裕もなく。そして幸か不幸か、ソフィアのそんな様子に気付くことなくフェルナンはさらに言葉を続けるのだ。ソフィアにとって、さらなる衝撃的な事実を伴って。
「もちろん、叶わぬ想いだと理解していたから誰にも気付かれぬようそっと視線を送っていただけで、偶然会話を交わして以降も迷惑にならないようにと、一度も話しかけたことはなかったのだけれどね。学園はすでに卒業していたし、あの日は内輪のみの場で酒も入っていたから、ユゲットに聞かれた時に思わず答えてしまったんだよ。密かに想いを寄せていて、今も忘れられない女性がいる、とね」
「っ!!」
それこそが、決定打だった。
つまりフェルナンは学園に通っていた頃からソフィアのことを知っていて、けれど自らの婚約者候補の中に彼女の名前がないこともよく分かっていたからこそ、想いを告げることも仲良くなることも話しかけることさえ諦めていたということ。それはひとえに、ソフィアの邪魔をしたくなかったからに他ならない。なにせフェルナン・アマドゥールともなれば、学園内でもかなりの有名人。そんな彼がソフィアに話しかけてしまえば、彼女のその後の学園生活が一変してしまうことは想像に難くないだろう。
だからこそ、彼は全てを諦めたのだ。ただ遠くから誰にも気付かれないように、ひっそりとソフィアの姿を眺めるだけにして。その読書時間を奪ってしまわないように、迷惑をかけてしまわないように。
(そんな……だって……)
ソフィアはフェルナンのことを全く知らなかったというのに、反対にフェルナンからはずっと想いも視線も向けられていたのだという事実に、そして平穏な学園生活を送れるようにとずっと気にかけてくれていたのだという、今さらながらに知ったその真実全てに。ソフィアはただただ、衝撃を受けてしまっていて。
「でもその時はまさか、心から想う女性に対してのみ発動するなどという都合のいい魔法をかけられるなんて、思ってもみなかったんだ」
そのせいで、フェルナンがため息交じりにこぼしたその言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかってしまい。
「…………え……?」
だからこそ、頭の中で内容を完全に理解した、その瞬間。もはや今日何度目かも分からない衝撃を、ソフィアは再び受けることになってしまったのだった。