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侯爵様に愛をささやかれるだけの、とっても簡単なお仕事です。  作者: 朝姫 夢
第四章 今日も愛をささやかれています。
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3.謝罪

 使用人などほぼ皆無に近いブランシェ伯爵邸では、基本的に自分のことは自分でできるようになっている。だが今回この屋敷の主であるはずのブランシェ伯爵は、ソフィアが侯爵と話すべきだと告げて、来客用の紅茶の準備をしてくるからと応接間から出て行ってしまった。

 もちろん未婚の男女を二人きりにしてしまう手前、応接間の扉は完全には閉じられていないのだが。そもそも人が極端に少ないこの屋敷の中では、はたしてその行為にどれだけの意味があるのかは不明である。


「さて。まずは、どこから話すべきかな……」


 そんな中、特に動揺する様子もないフェルナンは珍しく迷っているのかそう呟いて、考え込むように俯いてしまう。だがソフィアとしては、最初にどうしても確認しておきたいことがあった。


「あの……。そもそもフェルナン様は、なぜこちらに……?」


 王都からブランシェ伯爵領までは、普通の馬車で二日もかかる距離なのだ。簡単にここまで来ることなど、到底できることではない。ましてや多忙なはずのフェルナンが、往復で四日もかかる休みをおいそれと取れるわけがないと思っていたのだが、その予想とは裏腹になぜか今目の前には本人がいるのだから、ソフィアでなくとも当然気になるところではあっただろう。

 しかしフェルナンは、むしろ不思議そうな顔をしてあっけらかんと言い放ったのだ。


「なぜ、って……。もちろん、ソフィアを迎えに来たからだよ?」


 それ以外に何があるのだろうかと言わんばかりの表情で、なぜか首までかしげているのだから、ソフィアはますます混乱してしまう。


「え? いえ、あの……アマドゥール公爵様が――」

「あぁ、うん。そうだったね。まずはそこから話しておくべきだね」


 お許しにならないはずです、とソフィアが口にするよりも先に、フェルナンは一人納得したようにそう言って頷くと。


「最初に、謝罪をさせてほしい。父上が大変失礼なことをして、申し訳なかった」


 真剣な表情でソフィアを見つめてそう口にすると、しっかりと頭を下げたのだった。

 これに驚いたのは、当然ソフィアのほうで。


「フ、フェルナン様……! 頭をお上げください……!」


 あの日の出来事は、ソフィアの中では致し方のないことだったのだとすでに結論が出ている。そもそもいるはずのない人物が屋敷内にいれば、アマドゥール公爵でなくとも同じように対応するだろう。むしろあの場で犯罪者として扱われなかっただけ、まだマシなほうなのだ。


「いいや、違うんだ。父上からも、ソフィアに直接謝罪がしたいと伝言を預かっているんだよ」

「公爵様まで!?」


 もはや眩暈(めまい)すら覚えそうな現実に、けれど図太い神経の持ち主だから普通の令嬢のように気を失うこともできないと、この時ばかりは自分の性格を恨めしく思ったソフィアである。


「だからどうか、父上にも謝罪の機会を与えてほしい」

「いえいえっ……! ですから、そのような必要はありませんっ……!」


 さらには、いまだ頭を下げたままの目の前のフェルナンが、ソフィアの中の焦りをさらに大きくしてしまう。

 だというのに、謝罪など必要ないと口にするソフィアとは裏腹に、フェルナンは一度顔を上げると真っ直ぐ彼女に向かってアメシストの瞳を向け、さらに言葉を続けたのだ。


「そんなことはないよ。女性を一方的に追い出しておいて謝罪の一つも口にしないなど、相手に相当な非がない限り許されるものではない。ましてやソフィアには屋敷を追い出される理由なんて一つもなかったのだから、なおさらだ」

「それは……」

「ソフィアの言いたいことは分かる。見知らぬ人間が屋敷内にいれば、確かに排除するのが普通の行為だ。けれど今回父上は私が出した手紙にも気付かず、あまつさえ真実を伝えようとするウラリーの言葉にすら耳を貸さなかった。さらには私が帰国するまで、事実確認すら取ることができなかったんだ。どんな理由があるにせよ、これがもしも執務に関することだった場合、明らかな失態に繋がってしまう。普段から気を付けなければならないことを、屋敷の中だからと感情を優先させてしまった父上に非があるのは、誰の目から見ても明らかなんだよ」

「そう、なのですか……?」


 そういった立場で仕事をしたことのないソフィアにとっては、むしろ屋敷の中に知らない人物がいるという事実のほうが問題なのではないかと考えてしまうのだが、どうやらそこは違うらしいということを今初めて知った。もちろんフェルナンが公爵宛に手紙を出していたのだということも。

 だがさらに衝撃的だったのは、その次の言葉たちで。


「だからこそ謝罪の機会を得られないということは、交渉の場にすら立たせてもらえなかったことと同義になってしまうんだ。そうなれば父上のことだから、外務大臣の座を退(しりぞ)くとまで言い出しかねない」

「そんなことでですか!?」


 そう。ソフィアにとっては、「そんなこと」でしかない。だがアマドゥール公爵にとっては、そうではないらしく。


「他国の外交官といくつものやり取りをしてきた人物が、自国の令嬢に交渉の余地すら与えられず拒否されたとあっては、たとえそれが非公式だったとしても実力不足を痛感する事実になってしまう。少なくとも父上が今回のことをそう考えているであろうことは、私の目から見ても間違いないよ」

「そ、そんなにも……?」


 あまりにも重すぎるのではないかと思ってしまうのだが、厳格な人物と名高いアマドゥール公爵が相手と考えると、なぜか妙に納得できてしまうソフィアであった。



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