24.集中できない
さらに困ったことに、恋心とは一度自覚してしまうと、ふとした瞬間に相手のことを思い出して何も手につかなくなってしまうのだということを、ソフィアは今ようやく知ったせいで。
「っ……」
現在絶賛、図書室の中でその現実を体験している真っ最中だった。
恋愛に関しては知識としてある程度は知っていたものの、いざ自分がその状態に陥ると、まさか本をまともに読むことすらできなくなるなど考えてもみなかったソフィアからすれば、これは色々な意味で由々しき事態だ。
(あぁっ、でもっ、だってっ……! 今朝のフェルナン様がっ……!)
今後さらに言動が過激になるかもしれないとユゲットから事前に聞いていたものの、外交のため十日ほど屋敷を開けるからとフェルナンに言われていたその当日の今日。出かける直前にいきなりの強い抱擁と、頭、額、頬、そして最後に手の甲にくちづけをそれぞれ落としてから、それはそれは愛おしそうな熱のこもった視線で見つめながら甘く微笑むものだから。完全に許容量を超えてしまったソフィアは、フェルナンが出かけてからもしばらくは玄関ホールから動くことができなかったのだ。
(今のフェルナン様の状態は、どう考えても普通ではないわ。それは私だって、よく分かっているけれど……!)
だから全てに耐えられるのかと聞かれれば、否と答えるしかないだろう。そもそも理解という名の理性とはまた別のところに、感情というものはあるのだから。
(あんなにっ……あんなにっ……!)
耳元にささやきを落とすために密着するという、そういう距離感ですらなかった。あれはもう本当の夫婦にしか許されないほどなのではないかと、ソフィアはかなり本気で考えているのだが、なぜかフェルナンだけでなく周囲にいる使用人たちも平然とした顔をしていたものだから、自分だけがおかしいのかと別の部分を疑いたくなってくる。
けれど恥ずかしいものは恥ずかしいし、それ以上にフェルナンのその行動に喜んでしまっているという事実が、さらにソフィアの心を追い詰めていく。
(ダメよっ。このままでは、ユゲット様が教えてくださった使用人のようになってしまうわっ)
フェルナンにも周囲の人たちにも多大な迷惑をかけ、最後にはその記憶を全て消し去られ、なかったこととして扱われた事実。該当の人物が今もまだこの屋敷の中で働いているのかは不明だが、少なくともそういったことにはならないようにと、ユゲットはソフィアを選んだはずだったのだ。となれば、これ以上彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。
(それに、フェルナン様との契約は魔法が解けるまで、だもの)
仕事としてここにいる以上、それは完遂しなければならない。つまり今後過激になっていくあの言動にも、耐え続けなければならないということ。
「っ……」
今朝フェルナンからささやかれた「ソフィア。私の、愛しい人」という言葉が不意に耳の奥によみがえってきてしまって、本の上に置いていた手を思わず強く握りしめてしまったが。十日後に外交から戻ってきた際には、はたしてあの言動がどこまでいってしまうのだろうかという若干の不安と同時に、期待も抱いてしまっている自分の心に意味もなく泣きたくなりながら、ソフィアは小さくため息をつく。
「いかがなさいました?」
「いえ、ちょっと……集中力が切れてしまって……」
そんなソフィアの様子にいち早く気づいたウラリーが、そっと声をかける。だが、どう返答すべきかソフィアにしては珍しく頭も回っていなかったようで、歯切れ悪くそう伝えるしかできなかった。
とはいえ、そこは天下のアマドゥール公爵邸の使用人。
「では、少しお庭を散策してみてはいかがでしょうか? いくつか見頃を迎えている花壇もございますし、ソフィア様がご覧になられたと聞けば庭師も喜びますから」
「そう、ね。そうしようかしら」
「はい」
驚く様子も見せずにすぐさま別の提案をしてみせたウラリーは、そのまま日傘などの準備を指示してからソフィアが立ち上がりやすいようにと、さりげなくイスを後方へ下げる。
当然ではあるが、ソフィアが本に集中できないなど初めてのことで、もちろんそんな様子をウラリーも初めて目にしたのだが、そこは一切顔にも口にも出さず。ただただソフィアが快適に屋敷の中で過ごせるようにと、彼女はそれだけを考え心を砕くのだ。
だがそれでも、ソフィアの心の中まで晴らすことはできない。
(私は本当に、このままここにいていいのかしら……)
太陽の光を浴びて鮮やかに輝く色とりどりの花たちを眺めながらも、ソフィアの頭の中はそのことばかりが占めていて。それなのに魔法が解けずにこのままでもいいなどと、わずかにでも考えてしまう自分の思考に嫌気が差す。
そんなことを一日中頭の中で延々と繰り返し、自問自答ばかりを繰り返して過ごしていたソフィアだったが。フェルナンが出かけてから、三日目の朝。
「何者だ?」
「っ……!」
見慣れない人物と廊下で鉢合わせしてしまったことで、自分の中で答えを出すよりも先に事態は急変してしまうのだった。




