17.美人
(それにしても、魔女様がこんなにもお若い方だったなんて驚きだわ)
急いで応接間の準備をするように指示を出しているフェルナンの傍らで、おかしそうに笑いながらその様子を見ているユゲットの特徴は、聞いていた魔女のそれと完全に一致している。だがそれ以上に、大勢の相談に乗っているという噂から想像していた年齢とはだいぶ違う外見に目がいってしまい、ついつい彼女のほうばかり見てしまうソフィアだったが。その視線に気付いたユゲットがふと彼女へと目線を向け顎に手を当てて、何事かを数秒考え込んだかと思えば。
「アンタ、大丈夫なのかい?」
「……え?」
心配するようにソフィアへと歩み寄り、何かを確かめるように上から下まで視線を往復させると。
「ちょっと痩せすぎなんじゃないかい? ちゃんと食べてるのかい? せっかくの美人なのに、土台が小さいとそれを全部生かしきれないんだからね」
まくしたてるように、一気にそう口にした。
一方、目の前で直接その言葉を聞かされたソフィアはといえば、ただただ困惑してしまっていて。アマドゥール公爵邸へとやってきてからは以前よりもずっとたくさん食べるようになっていると感じていた本人からすれば、これでもかなり肉がついてきたほうだと思っていたのだが、どうやら他者から見ればまだまだだったのだと今さらになって気付かされる。
そもそも大前提として、ソフィアの基準は貧乏伯爵であるブランシェ伯爵領内でのものなのだ。となれば、そこで生活していた時よりも食べるようになったとはいえ、それが本当に普通の令嬢と同じかどうかなど彼女には分かるはずもなく。実際には朝はスープかサラダか果物のどれか一つだけ、昼はサラダとスープとパンに果物だけ、そして夜だけがフェルナンと共に一般の貴族の食事という、夜以外はまだまだ普通とは言い切れない食事内容のままだったのである。
それを誰も指摘していないのは、育ってきた環境のせいでソフィアの食が細いことをフェルナンはもちろんのこと、アマドゥール公爵邸の使用人たちですら知っているからだ。そして食べられない量を無理やり強要するつもりはない、というフェルナンの意向に誰もが従った結果、現在の形ができあがった。
とはいえ確かにユゲットが心配するように、ソフィアはまだまだ痩せ気味ではある。本人の自覚通り、多少肉付きはよくなってきたかもしれないが、それでも一般的な基準で見ると足りないのも事実。これでも最初期に比べればそれぞれの食事量も少しずつ増えているのだが、それでも普通と呼べるようになるにはほど遠い。
だがソフィアが困惑していた一番の理由は、食事に関する部分ではなく。その直後にユゲットが口にした「美人」という言葉のほうにこそ、理解が追いついていなかった。
残念ながらソフィア・ブランシェという人物は、貧乏領地の伯爵令嬢というその立場上、学園時代あまり周囲と関わりを持つようなことがなかった。そのため四年の間に少しずつ改善されていく彼女の外見について、いい意味で言及する人物など近くに存在しているはずもなく。そのせいで雪原を彷彿とさせるようなスノーホワイトの髪も鮮やかなエメラルドグリーンの瞳も、透けるような真っ白な肌でさえ誰かに褒められることなど一度もないまま、学園を卒業してしまったのである。結果、ソフィアは今でも清潔感を保つこと以上には自分の外見への関心がないまま、世間一般的に見て自分の容姿がどう判断されているのかさえも、一切理解していなかったのだ。
「え、っと……」
本来ならば「美人」と呼ばれるにふさわしいその見た目だが、その外見を直接褒めてくれた人物はソフィアの中では完全に身内として考えられている領民と家族を除けば、魔法の効力を発揮している最中のフェルナンだけである。となれば、あとはお察しだろう。
「私よりも、魔女様のほうがずっとお美しいですよ?」
「おやまぁ」
「なっ……!」
ソフィアは本心のままユゲットにそう告げたのだが、その言葉に本気で驚いてしまったユゲットは血のように赤い瞳をこれでもかと見開いてソフィアを凝視しているし、二人の会話が聞こえていたフェルナンや使用人たちに関しては、驚きのあまりソフィアへと顔を向けて固まってしまっていた。
ここで一つ補足をするのであれば、ソフィアは学業以外では領地に関係するであろう書籍ばかりに目を通し知識を蓄えてきたのだが、逆にそこに心血を注いでしまっていたばかりに、それ以外の知識や人の噂に関しては疎い部分があるということだろうか。
つまり、彼女は知らなかったのだ。心ない者たちの間では、血のように赤い魔女の瞳は恐ろしさの象徴として語られていた過去があるのだということを。そしてそれは大昔、大勢の人間の命を奪ってきた証拠なのだと今でも信じている存在がいるのだという知識もまた、ソフィアは一切持ち合わせてはいなかった。
だからこそ、何も知らぬ子どものように純粋な言葉が、その唇から紡がれたのだが。その姿が皆にどう映っていたのかは、それぞれのこの反応を見れば一目瞭然だろう。
そんなこととは露知らず、どうしたのだろうかと不思議そうに首をかしげるソフィアへと、フェルナンは急いで歩み寄ると。
「何を言っているんだっ。ユゲットよりもソフィアのほうが、ずっとずっと美しくて魅力的じゃないかっ」
彼は彼で、どこかズレた発言を大真面目にしてみせたのだった。




