14.マンゴーのタルト
食器もカトラリーも完全に片付けるため、テーブル周辺に使用人たちが集まってくる。そうなると一度会話は中断されるので、先ほどのやり取りをこれ以上続けたくなかったソフィアとしては大変助かるのだ。
だが、食事自体はまだ終わりではない。今はあくまで、次のデザートを提供するのための前段階でしかないのだ。つまりその準備が終わるということは、同時に会話の再開をも意味するので――。
「ところで、ソフィアが今欲しいと思う書籍は、どんなものがあるのかな?」
テーブルの周辺から使用人が完全にいなくなったタイミングを見計らって口を開いたフェルナンが、直前までしていた会話の続きを始めるのは必然であり、避けては通れない道だったと言わざるを得ないだろう。
しかしソフィアとて、この短い間に対策を練らなかったわけではない。まだ食事が続く以上、どこかでまたその話題が出てくるのは致し方がないことだろうと考えて、だからこそあえて事前にその解答を用意しておくことにしたのだ。
「そう、ですね……。以前買っていただいた分も、まだ全ては読み切れていませんし。まずはそちらを読み終えてからでないと、今は先のことは考えられないですね」
実際にフェルナンに買ってもらった書籍たちは今、あえて読まずにウラリーに保管してもらっている。大半が王立図書館で読んで、大変参考になったので手元にも置いておいて何度も読み返したいと思った書籍たちだから、というのが一番大きな理由ではあるのだが。そうではなく気になった数冊に関しては、先にアマドゥール公爵邸の図書室や王立図書館で関連する書籍を読んでから目を通したいと思っていたので、今は手をつけるようなことはしていないし、もちろんその予定もまだない。
ソフィアとしてはこう答えておくことで、問題の先延ばしのようなことができないかと目論んだわけだが。残念ながらそこに関しては、相手の方がずっと上手な分野だったと言わざるを得ないだろう。
「珍しいね、ソフィアがまだ手をつけていないなんて。けれどそれならば、あの書籍たちと真剣に向き合っているソフィアの姿を私が見ることも、まだ可能だということだよね?」
「うっ……」
一見、他意のなさそうな輝く笑顔を向けられて、ソフィアは一瞬たじろいでしまう。
そもそもこの話題にたどり着いたのも、ある意味でソフィアが失言をしたからだ。自分を信じてほしいなどと、なぜあんなことを言ってしまったのかと今は後悔している真っ最中ではあるのだが、そんなことを言っていられない状況に再び置かれてしまいそうになって、思わず視線を彷徨わせていると。
「あぁ、やはり今日のデザートにはマンゴーが使われているね。ほらソフィア、見てごらん」
ちょうど提供されたばかりのデザートの皿を見て、フェルナンがそう声をかけてくる。
タイミングの良さもさることながら、それ以上にマンゴーという単語に惹かれてしまったソフィアは、直前までの困惑などなかったかのように皿に盛られたデザートへと素早く視線を移すと、一気に頬をほころばせた。
その様子を見ていたフェルナンがどこか楽しそうにしながらも、同時に愛おしそうな視線を向けてきていることになど、一切気が付かないまま。
「わぁ……! これがマンゴーの果肉なのですね! グラニテの時よりもずっと鮮やかで、この状態でも甘い香りがします!」
それはそれは嬉しそうな、弾んだ声を上げて。目の前のマンゴーに、ソフィアは釘付けである。
今年初の提供だからなのか、それともソフィアが初めて口にする可能性を考慮してなのか。本当のところは料理長しか知り得ないのだが、皿の上に乗せられたマンゴーのデザートは、果肉の味や香りが直接伝わりやすいようにか大きめに切られた状態で、タルトの形で提供されていた。
料理長がアマドゥール公爵邸で雇われている腕のいい料理人であることを考えれば、いい食材が手に入ったので風味を存分に楽しんでもらいたいという意図をもってこの形を選んでいる可能性も十分にあるのだが、彼らにとって今はそういったことは関係ないのだろう。
一口大とまではいかないが、普段よりもかなり小さなサイズで作られているタルト生地の上に、これでもかという風に所狭しと並べられている色鮮やかなマンゴーたち。ただダイス状に切られて乗せられているだけだというのに、目の前に置かれている皿からはその芳醇さが分かるほど、強く甘い香りが漂ってきている。この時点ですでに、ソフィアはグラニテ以上の感動を覚えていた。
「もしかしたら今日からしばらくの間は、マンゴーのデザートが色々と出てくるかもしれないね」
「それはとっても楽しみですね!」
白い大きめの皿の上に、あえて何かを飾り付けるのではなくマンゴーのタルトだけが置かれているのは、その色鮮やかさと味だけを楽しんでほしいからなのかもしれない。
だが今のソフィアにとっては料理の意図よりも、珍しいマンゴーという果物を口にできるということのほうがずっと大切なことであり、日々の楽しみとなり得ることなのだ。今日はタルトだったが、明日はケーキか、それともジュレか。どんな形でマンゴーが提供されるのかという楽しい妄想だけで、頭がいっぱいになっていて。
「ふふ、そうだね。楽しみだね」
「はい!」
再び食堂内のあちらこちらで笑顔の花が咲いていたことなど、やはりソフィア本人だけが一切気が付くことはないのだった。




