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13.不満をこぼす

「分かった。ユゲットにもそう返事を出しておくよ」


 ソフィアの言葉を素直に聞き入れて、優しい表情のまま頷いたフェルナン。その姿と返答にひと安心したソフィアは、再びテーブルの上の皿へと手を伸ばし、今度はしっかりと熟成されたチーズをクラッカーに乗せて口へと運ぶ。


「あぁ、そういえば。まだ少し先の話にはなるけれど、オーギュスタン殿下と共に十日ほど外交のために他国へと赴くことになりそうなんだ。だからその間は屋敷に帰ってこられなくなってしまうけれど、ソフィアは今まで通り好きに過ごしていていいからね」


 同じようにクラッカーにチーズを乗せつつ、フェルナンは思い出したかのように今後の予定を伝えると、手にしているそれに口をつける。

 口の中で今度は赤ワインとのマリアージュを楽しんでいたソフィアは、それを聞いて急いで喉の奥へとそれらを流し込んでから、ワイングラスを傾けているフェルナンへと言葉を返した。


「それで最近お休みがないほど、お忙しそうにしていらしたのですね」


 実際には、ついこの間まで定期的に休みが取れていたことのほうが珍しかったのだが。そのことを知らないソフィアが納得している様子を見て、フェルナンはあえてそのことを口にはしなかった。今それを伝えて話をややこしくしてしまうこともだが、そもそも伝える必要性すらないだろうと判断したからである。


「分かりました。私は図書室で読書をしたりお庭を散策させていただいたりと、普段通りに過ごしながらお帰りをお待ちしておりますね」


 そんなこととは知らないソフィアは、納得した状態のままそう言葉を続けた。実際にフェルナンが出かけている日中にソフィアがやることといえば、基本的にその二つくらいで。この状況に不自由を感じることもなければ不満もないので、彼女からすればしばらく仕事が休みになる、程度の認識でしかないのだ。

 だが、フェルナンが危惧(きぐ)しているのは、まさにその普段通りに関わる部分で。


「帰りを待っていてくれるのはとても嬉しいけれど、私がいない間にまた寝食を忘れそうになるのだけは気を付けてね?」

「大丈夫ですよ、フェルナン様。今は普段から気を付けるようにしていますし、それにいざという時にはウラリーもいますから」


 本気で心配そうな表情を向けられたソフィアは、それはそれは自信満々にそう答えるのだが。結局最後はウラリー頼りだというところに、彼女のちょっとした予防線のようなものが見え隠れしていた。

 とはいえあれ以来、夜はしっかりと眠るように心がけているし、昼食時は必ずウラリーが声をかけてくれるので、きっと問題ないだろうと楽観視しているソフィアである。事実、今後何かしらの問題が起きそうになれば、そのたびにウラリーが指摘してくれることだろう。そういった意味では彼女の考え方は間違っていなかったし、フェルナンもウラリーがいればとりあえずは安心していいだろうと考えている節があるので、共通認識としての機能をしっかり果たしている上で納得できる言葉でもあった。

 ただし。ここでウラリーの負担が増えるということを指摘する人物が存在していなかったことだけが、唯一残念な部分である。


「まぁ、確かにそうだね。何か問題があった時には、帰ってきた時に彼女が教えてくれるだろうし」

「それはそうかもしれませんが……。少しは私のことも信じてくださってもいいのではありませんか?」


 前科があるから仕方がないとはいえ、それでもあまりにも信用がなさすぎるのではないかと、ソフィアが唇を尖らせながらそう不満をこぼすと。珍しいその仕草と言葉に数回瞬きをした後、フェルナンは小さくふふっと笑ってみせた。


「そうだったね。ごめんよ、ソフィア」


 彼女の言う通り、あまりにも自身がソフィアを信じてなさすぎるかのような発言をしていたことに気が付いて、素直にそう謝罪の言葉を口にするフェルナンだったが。微笑みの表情のままでは信憑性(しんぴょうせい)に欠ける可能性があると考えたのか、さらにこう続けた。


「お詫びに、今度また好きな本をプレゼントするよ。それで許してくれないかな? 私の愛しい人」

「っ!!」


 そこまで怒っていたわけでもないので、とすぐに断りの返事をしようとしていたソフィアは、突然向けられた最後の言葉に思わず固まってしまって。完全に、返答のタイミングを見失ってしまった。

 それに対して完璧な流れで会話の主導権を握ったフェルナンは、そのまま畳みかけるようにさらに言葉を重ねる。


「十冊でも二十冊でも、好きなだけ選んでいいよ。あぁそれとも、私の愛しい人の怒りを鎮めるのには、それだけでは足りないかな?」

「いえ、あの……」

「どこかでしっかりと丸一日休みを取って、王都中の美味しいものを食べに行こうか?」

「いや、その……」


 しかも間で止めようとするソフィアの声に、気付いているのかいないのか。それも分からぬまま、話はどんどんと大きくなっていってしまうので。


「それか、いっそのこと珍しい果物を大量に仕入れて、食べ比べのようなことをしてみるのもいいかもしれな――」

「そっ、そこまでしていただかなくとも大丈夫ですからっ……!」


 どうにか止めなければというその一心で、意を決して普段よりも多少大きな声を出したソフィアだったが。


「そう? でも私の気が晴れないから、せめて本と美味しいものくらいは――」

「でしたら本だけで! 本だけで十分ですから!」


 まだ色々と贈ろうとしてくるフェルナンに、思わず妥協案としてそう返答してしまう。

 最初に提示した彼の案に戻ってきてしまっているのだということにも、そういう流れになるよう自然な形で交渉されていたのだということにも、返答の言葉を発するよりも以前にソフィアは気が付いていたのだが。あのまま放っておけば本当に全て実行してしまうような気がしたのだから、こればかりは致し方がないことだったのだと言わざるを得ない。


(フェルナン様ならば、どれも実現可能なのが怖いのよ……!)


 だからといって全てを否定すれば、今度はどんな提案がされるのかも分からない。場合によっては一切知らされることなく、気が付いた時には逃げられないような状況下で壮大な何かが実行される可能性すら考えられるので、それに比べればこの程度に収められる間で納得しておくのが一番だ、と。ソフィアは自分自身にそう言い聞かせながら、無理やり会話を終わらせるかのように最後のチーズとクラッカーを口の中に放り込んで、ワインで喉の奥へと流し込んだのだった。

 そんなソフィアの様子を、どこか満足そうな表情で真正面から見つめているフェルナンがいたことは、もはや語る必要もないだろう。



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