12.悪化している
「そんな風に、私には癒しを与えてくれる愛しい存在だというのに。いざ領地のこととなると、まさしく才女としか言いようのない才能を発揮して、その冷静さと知略で次々と新しいことをはじめているのだから。本当にソフィアは目が離せないね。今まで常に側で君のことを見ていられた人物が、本当に羨ましくて仕方がないよ」
止まることを知らないかのように、フェルナンの口からは次から次へとソフィアを褒めちぎる言葉が飛び出してきていて。もはや誰も止められないのではないかと思うほどに、内容もエスカレートしていく。
「幼い頃のソフィアもきっと聡明で、とても可愛らしい少女だったのだろうね。その時に知り合えなかったことが、なんとも悔やまれるけれど……」
まるで、その頃のソフィアを想像するかのようにどこか遠くを見つめていたフェルナンが、ふと言葉通り悔しそうに眉根を寄せたかと思えば、そのまま目を閉じる。そのわずかな沈黙に、ようやく終わったのだろうかと指のすき間からそっと目線だけを上げて、その顔を仰ぎ見たソフィアだったが。
「っ!!」
「今は今で、こんなにも美しい才女として私の目の前にいてくれるのだから。そのことに感謝しないといけないね」
タイミングがよかったというべきか、悪かったというべきか。ちょうどフェルナンがこちらを向いた瞬間だったせいで、完全に視線がぶつかり見つめ合うような形になってしまって。そこでまたフェルナンが、それはそれは嬉しそうに微笑むものだから。食事のことなど完全に頭から消え去っているソフィアは、再び自分の手のひらの中に顔を隠してしまった。
けれど、どうやらフェルナンはそれが不満だったらしい。
「あぁ、ソフィア。ここでは君に手を伸ばしても届かない距離なのだから、どうか顔を隠さないでおくれ。早朝の雪原のような、美しいその髪に触れることもできないのならば、せめてその輝くエメラルドの瞳で私を見つめてほしい」
「~~~~っ!」
切なそうな声で懇願するように、フェルナンはそう言葉を紡ぐのだが。対してソフィアはといえば、そんなことを言われて素直に顔を上げることができるわけもなく。真っ赤に染まっている顔をしっかりと隠しながら、ふるふると首を横に振ることしかできないのだった。
(やっぱり、悪化している気がするわ……!)
公爵邸へ初めて足を踏み入れたあの日から、いまだかつてないほどに真っ直ぐ愛の言葉を向けられて。言動に関してだけでなく、容姿に関わる部分にまで言及するほど魔法の効力が発揮されているとなると、これはもう明らかに悪化しているとしかソフィアには思えない。
本人にその自覚があるのかどうかも、魔女が認識しているかどうかすらも謎ではあるが。一番間近でこの状態のフェルナンと接している自分がそう思うのだから、間違いないだろうと結論づけて。唐突だということは理解しているが、この状況をどうにか打開するためにも意を決して、ソフィアは顔から手を離してスカートを握りしめながら口を開いたのだった。
「あのっ……!」
「その淡い色の唇から――ん? なんだい?」
まだ赤い顔は上げることができないので、俯いたまま。けれど先ほどから休むことなく延々と、どれだけソフィアの側にいられることが幸せなことなのかと語り続けていたフェルナンの言葉は、発せられた彼女の声を拾ってようやく止まる。
この隙を逃さぬよう、ソフィアは畳みかけるように言葉を続けた。
「以前お話しさせていただいた魔女様の件は、今どうなっているのでしょうかっ」
そもそも今のフェルナンの状態が普通でないことは理解しているが、本当に悪化している可能性がある以上、このまま放置しておくわけにもいかない。一日でも早く魔女本人と会って確認しなければ、今後どんな影響が出てくるかも分からないのだ。
なにより嘘だと分かっていても、これ以上フェルナンに積極的になられてしまうと、ソフィア自身が持たなくなりそうだった。
(今でも恥ずかしすぎて、心臓がうるさいほど音を立てているのに……!)
本気ではないと分かっていても、あの愛おしげな眼差しも甘すぎる口調も、なんならその存在全てが女性にとってある種の凶器になり得ると、ソフィアは身をもってそれを体験したことで嫌というほど思い知った。さすが学園で女生徒からの人気が高かっただけのことはある、と。
そんなことを目の前に座る人物が考えていることなど、何一つ知らないフェルナンは。純粋に問いかけられた質問に対して、魔女とのやり取りを思い出すように虚空へと目線を向けながら、こう答えたのだった。
「昨日の手紙の返事では、私の休日がまだ先になりそうなら、早めに仕事が終わった日に予定を合わせても構わないと書かれていたかな」
先ほどの甘ったるさが完全に消えて、完全に普段通りの口調に戻ったことで安心したソフィアは、ほっと息をついてから顔を上げる。
とりあえず話題を逸らすことには成功したので、これならば羞恥に顔が赤くなることもないだろうと、フェルナンへと視線を向ければ。それに気付いたのか、アメシストの瞳が真っ直ぐにソフィアへと向けられると。
「早いほうがいいのなら、それで調節するけれど。ソフィアはどうしたい?」
いつもと同じ優しい眼差しと共に、そう問いかけられたので。
「確認しておきたいことがあるので、なるべく早めにお会いできると嬉しいです」
正面からその視線を受け止めながら、ソフィアはハッキリと言葉を返したのだった。




