10.昔から変わらない
俯くソフィアの様子に、フェルナンは周囲には聞こえないよう小さくため息をこぼすと、さらに言葉を続ける。
「ソフィアが植物に関する本を選んでいると聞いて、まだまだ領地のためにたくさんのことを学ぼうとしているのだと、私は本当に感心したんだ。でも寝る間も惜しんで読書ばかりしていると聞いた時には、もしかしたら逆に頑張りすぎて無理をしているのではないかと、本気で焦ったんだよ」
「はい……」
確かにあの時のフェルナンは、普段とは全く違って強引だった。それがもしも、そういった心配や焦りからきたものだったとすれば。あの日、どうしてもソフィアが眠っているという確証が欲しいと言い出した彼の心情は、いったいどういったものだったのだろうかと。今さらながらに思い出して、ソフィアはさらに申し訳なさが募っていく。
それでも一度本を開いてしまえば、時間も場所も忘れて、目の前のことだけに集中してしまうのだ。それは、ただ単純に声をかけられただけでは、全く気が付かないほどに。
(本当に、本に夢中になっている時の私は、いい部分と悪い部分の両方が出ているのね)
周りを気にせず本の世界だけに集中できることは、自分にとってはとてもいいことだった。誰にも邪魔されず、ひたすらに知識を吸収できる時間だったから。
けれど同時に、そのせいで心配や迷惑をかけてしまう相手がいるのだということに、ソフィアはアマドゥール公爵邸へとやってきてから初めて気が付いたのだ。それまでブランシェ伯爵領では、どこでどれだけ本を読んでいても注意を受けることもなければ、そもそも全員が大事な時間だからと理解して放っておいてくれたし、学園では友人の一人もいなかったから声をかけられるということすらなかった。
そんな状況下で今まで生きてきたので、誰かに読書時間について心配されるなど人生で一度も経験がなく。そのせいで頭では理解していても、すぐに変えることはなかなかできなくて。結果、以前のようなことが起きてしまったわけだけれども。
(でも、以前よりはずっと改善してきている……はず)
少なくとも今は、部屋の中に本を持ち込むようなことはしていない。昼間にいくらでも読む時間を確保できるので、夜は心配をかけないようにしっかりと眠るようにしているのだ、とソフィアは考えるが。本来であればそれが当然のことであるという事実には、まだたどり着けていないのだった。
しかし。
「それに、私の都合でブランシェ伯爵領から出てきてもらっているせいで、ソフィアが領地のことを心配して必死になっているのだとすれば……。その場合の原因は、明らかに私にあると思っていて――」
「それは違います!」
さらに続いたフェルナンの言葉には、さすがのソフィアも途中でストップをかけた。
そもそも読書が好きなのも、一度読み始めると集中しすぎてしまうのも、ずっと昔から変わらないことなのだ。そこにフェルナンとの関係や彼の事情は、一切関係ない。だから、そこまで責任を感じる必要はないのだと伝えたくて、ソフィアは必死に言い募る。
「私の読書好きは元からですし、学生時代も下校時刻を過ぎてしまいそうになるたびに、司書の方に声をかけていただいていたくらいなんです。なので単純に、私がそういう性格をしているというだけですから。時間を忘れて読書に没頭してしまうのは、本当に昔からのことなんです」
そもそも、フェルナンからの申し出に喜んで飛びついたのは、ソフィアをはじめとしたブランシェ伯爵家側なのだ。これでようやく借金返済の目途が立った、と。
「我が家だけでなく領民たちも本当に喜んでくれて、全員がフェルナン様に恩義を感じているんですっ。だから私も領地を出る際に、侯爵様のお役に立てるように頑張ってきますと約束してきていますし、皆も盛大に送り出してくれたんですよ!」
それなのに、自分の行動の理由が恩人であるフェルナンのせいであるなどと、そんな勘違いをさせるわけにはいかない。そう考えるソフィアは、むしろ領地を救ってもらったおかげで心配事がなくなったのだと、でき得る限りの言葉を重ねることで伝え続ける。
「ですから今は領地のことよりも、フェルナン様にかけられたその魔法をどうすれば解くことができるかのほうが、私にとっては大きな問題なんですっ。こんなにもよくしていただいて、私にできることがあるのならば何でもして差し上げたいのに、でもどうすればいいのかも分からなくて――」
「うんうん、分かった、大丈夫だから。ソフィアの気持ちはよく分かったし、先ほどの言葉は私の勘違いだったようだから撤回するよ」
そんな彼女の必死な様子が伝わったのか、それとも徐々にヒートアップしてきているその勢いに押されたのかは分からないが、少なくともソフィアの言葉を途中で遮ってまでそう口にするほどには、フェルナンも色々と理解したようだった。
ただし、なぜかその頬は少しだけ赤みを帯びており、口元を手で隠した状態での発言ではあったが。
「ブランシェ伯爵領も私も、フェルナン様にどれだけよくしていただいているのか、まだ全然お話し出来ていませんが……」
「うん、大丈夫だよ。十分伝わってきたからね」
そんな彼の様子に若干の疑問を抱きつつも、まだ全ては伝えきれていないと最初の目的をすっかり忘れているソフィアが口にした言葉に、即座にそう返すフェルナン。
「そう、ですか」
本心ではまだどこか納得できていないものの、本人にそう言われてしまえば、返す言葉はそれしか出てこない。
こうして、またしばらく無言のまま、今度は二人でサラダを口に運び続けるだけの時間が続いたのだが。そこまで量があるわけでもないそれらは早々に皿が空いてしまったため、すぐに下げられてしまい。それと入れ替わるように目の前に置かれたのは、薄くスライスした状態の数種類のチーズと数枚のクラッカーが乗せられた皿と、フロマージュの時間専用にと開けられた追加の白ワインだった。




