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8.衝撃の新事実

「私の場合は高等部には行かず、オーギュスタン殿下と共に帝国へと留学することが決まっていたからね。その際に必要になりそうな知識を少しでも多く身に着けておこうと思って、四年の間に何度も学園の図書室に足を運んでいたんだよ」


 本日のメインディッシュである小鹿のソテーを一口サイズに切り分けながら、少しだけ懐かしむ様子を見せつつそう口にするフェルナンだったが。ソフィアはといえば、あまりにも意外すぎる衝撃の新事実に、ただただ驚きから開いた口が塞がらない状態で。カトラリーを手に取ることすら忘れて、スープを飲んでいた時とは反対に、今度はソフィアのほうがフェルナンの顔を穴が開きそうなほど凝視していた。


「だからもしかしたら、どこかですれ違っていたかもしれないね」


 そんなソフィアの様子に気付いたのか、フォークを口に運ぶ直前に自身を見つめている鮮やかなエメラルドグリーンへと真正面から視線を向けて、ふわりと微笑んで見せるフェルナン。


「っ……!!」


 唐突にその表情を向けられたソフィアは、あまりの不意打ちに固まってしまったのだが。そんな彼女に対してフェルナンは、ふふっと小さく笑みをこぼしてから優雅な仕草で、一口サイズに切り分けた小鹿のソテーを口に含んだ。

 その姿を見て、目の前に置かれている香ばしく焼き上げられたメインディッシュの存在を思い出したソフィアも、ようやくナイフとフォークを手に取る。


「…………すみません、その……当時の私は今以上に知識を得ることに必死で、全く周りを見ていなかったものですから……」


 しばらくの間無言で肉料理を切り分けていたソフィアだったが、先ほどのフェルナン同様フォークに刺さっている一口目を持ち上げる直前に、どこか言いにくそうに沈黙を破ってそう口にした。ただし、彼のとった行動とは正反対に顔を上げるどころか、視線すら皿の上に盛られた料理から離せないままで。

 ソフィアからすれば、学園に在籍している間はどこにいても、王太子であるオーギュスタンとアマドゥール公爵家の嫡男であるフェルナンの話題には事欠かなかった。それこそ、誰とも話していないはずの教室内であったとしても、どこかしらからその噂が聞こえてくるほどには。

 それなのに、まさか同じ空間、しかも比喩でも何でもなく毎日通っていた学園の図書室に彼がいたなどと、今の今まで本当に知らなかった。いくら基本的に私語厳禁な場所だったとはいえ、人気者かつ有名人が図書室に現れれば誰かしらは気が付いていただろうし、多少なりとも周囲の雰囲気は変化していたはずなのに、だ。


(本当に、全くなにも知らないままだったわ……)


 今さらすぎる真実に、申し訳ないやら情けないやらで、どうしても顔を上げられない。

 そんなソフィアの耳に、吐息ともため息ともつかないフェルナンの息遣いが聞こえてきて。呆れられてしまっただろうかと、思わず体を縮こまらせていると。


「どうしてソフィアが謝る必要があるんだい? むしろそれだけ周りに左右されることなく、しっかりと集中していた証拠なんだから。そこは誇るべきところだと私は思うよ」

「……え?」


 彼の口から出てきたのは、予想もしていなかった言葉たち。それに驚いてつい顔を上げてしまったソフィアが目にしたのは、アメシストの瞳を細めながら優しい表情でこちらを見つめている、いつも通りのフェルナンの姿だった。


「それだけ領地のために必死になって、ソフィアは学園の図書室に通っていたんだろう? それに、図書室は読書をする場所だからね。そこで集中して本を読んでいたり資料を探している人物がいたとして、その人が責められる理由は何もないはずだよ」

「そ、れは……そう、ですが……」


 確かに彼の言う通り、図書室とはそういう場所だ。むしろそれ以外の何物でもないのだから、逆にその場にそぐわないことをしている者がいたとすれば、その人物こそが注意されるべきであり申し訳なさを覚えるべきなのである。


「領地のために休み時間や放課後にまで図書室に通うなんて、普通の嫡男であったとしてもなかなかできないよ。だからソフィアの行動はむしろ、模範生として褒められるべきことなんだ」

「……はい。ありがとう、ございます」


 まさか当時の行動が、フェルナンにこんなにも認めてもらえているとは思ってもみなくて。けれど同時に、真っ直ぐにこちらを見ているアメシストの瞳を直視するのがなぜか恥ずかしくも感じられてきてしまって、顔に熱が集まってきているのを隠すようにソフィアは再び下を向いてしまう。

 そうして、その恥ずかしさを誤魔化す意味合いも含めて、ようやく口に運んだ小鹿のソテーは。臭みもなく繊細で柔らかな食感とあっさりとした赤身肉の味わいに、まろやかな甘みとほどよい酸味のソースが絶妙にマッチしていて、思わず手が止まらなくなってしまいそうになるほどの美味しさだった。

 直前までの会話を一瞬忘れて、ソフィアはしばらくの間その肉のうまみを噛みしめていたのだが。ふと、その途中で思い出す。


(あら? 私、フェルナン様にいつの時間帯に図書室に通っていたのか、お話ししたことがあったかしら?)


 確かに学園の図書室に通っていたという事実は、以前にも話した覚えがある。だがしかし、そんな細かい時間まで話した記憶がなく、心の中で首をひねりつつ疑問に思っていたのだが。


「それに私なんて、本以外の目的もあって図書室に足を運んでいた人間だからね。ソフィアとは反対に、当時注意を受けていてもおかしくはなかったんだよ」

「え!? そうなのですか!?」


 さらにフェルナンの口から飛び出してきた衝撃の告白に、直前まで考えていた疑問など完全に吹き飛んでしまって。忘れ去られてしまったその小さな違和感を、このあとソフィアが思い出すことは一度もなかった。



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