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6.マンゴーのグラニテ

「フェルナン様、こちらのグラニテは何からできているのですか?」


 彼の言葉を拾ったソフィアは、目の前に置かれたその鮮やかな色合いに目を奪われながらも、フェルナンへと疑問を向ける。

 今までも、食事やそれ以外の際に何か分からないことがあれば、その都度誰かに質問をしてきていた。ソフィアがアマドゥール公爵邸へとやってきたその日から、それは変わることのない光景でもあり、彼女の今までの境遇を知っている彼らは当然のこととして受け入れていた。だからこそ今まで誰かにそれらを指摘されたこともなく、むしろ聞いてもらえたことが嬉しいと言われてからは、ソフィアもなるべく積極的に質問するように心がけているのだった。

 ソフィアとしても知らない知識を吸収できることがとにかく楽しくて、毎回ワクワクしながら答えが返ってくるのを待っているのだが。実は瞳をキラキラと輝かせている彼女の様子が可愛らしくて、フェルナンだけではなく使用人たちでさえもその姿に癒されているのだということは、ソフィアだけが知らない事実である。


「そうか、ソフィアは初めてかもしれないね。これはマンゴーといって、暖かい地方の果物なんだよ」

「マンゴー……。そういえば以前読ませていただいた本の中に、同じ名前の植物の実について書かれているものがありました。これが、そうなのですね」


 今回も興味深そうにマンゴーのグラニテを眺めるソフィアの姿に、その輝くエメラルドグリーンの瞳に。フェルナンをはじめとする、その場にいたアマドゥール公爵家の関係者全員が、彼女に気付かれぬようそっと優しい視線を送っていた。


「果実そのものは濃厚な甘みが強いけれど、こうしてグラニテにすると爽やかさが増すんだ。暑い時期にしか手に入らない、ちょっとした贅沢みたいなものだよ」

「贅沢……」


 シャリシャリとした冷たいグラニテを一口分だけスプーンですくって、自分の口へと運ぶフェルナン。その顔は昨年ぶりの味に満足そうな表情をしていたのだが、ソフィアはむしろアマドゥール公爵家の嫡男の口から出てきた「贅沢」という言葉に、思わず反応してしまっていて。その身分の人間にすら「贅沢」と言わしめるこの果実は、いったいどれほど貴重なものなのだろうかと戦々恐々としながら、目の前に置かれている鮮やかな色合いのグラニテを見つめていた。

 だが、ずっとその状態のままでいるわけにもいかない。意を決して、ソフィアもおそるおそるスプーンを手に取り、その上にグラニテを乗せる。そうして、ゆっくり口元へと運んでから、思い切ってパクリとスプーンごと口に含むと。


「……んん~!」


 ほろりと溶け出す冷たい氷の涼しさと、今までに味わったことのない濃厚な甘さが口の中で混ざり合うことで、絶妙な爽やかさを生み出していく。それは思わず笑顔になってしまうほどのもので、口直しだけにしておくにはもったいないくらいに絶品だった。

 そういった意味ではその希少性だけではなく、氷菓として食べるということ自体が贅沢なのだろう。冷たくてもこれだけ甘いのだから、実際の果肉はもっと強い甘みを持っているのであろうことも、ソフィアはその知識と経験から確信する。

 だが、今はそんなことよりも。目の前にあるこの色鮮やかなグラニテの美味しさだけに集中したいと、さらに二口目をスプーンですくって口へと運ぶ。


「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」


 初めての食材に緊張気味だったところから、一気に頬が緩んだソフィアの一連の様子を楽しそうに眺めていたフェルナンは、二口目を嬉しそうに味わっている彼女のその姿を見て、笑みをこぼしながらそう告げた。

 それに対しソフィアは、何も考えず素直にこう答える。


「はい! とっても爽やかで美味しいです!」


 その笑顔も感想も、まるで少女のようで。けれどそのことに本人だけが気付かないまま、食堂内にいる全員が思わず笑みを浮かべていた。

 彼女の節度ある無邪気さは、アマドゥール公爵家の面々からすれば大変貴重なものだった。貴族というのは地位が高くなればなるほど、気を抜けない部分が多くなってくる。特に高位貴族の令嬢ともなれば、常に己の感情のコントロールや表情の管理が必要とされる。必要性は十分理解しているので、それが悪いことだとは誰も思っていない。だが、そのことに時折本人が窮屈さを感じてしまうのと同じように、見ている側からしても虚しく思えて受け入れがたくなってしまうことがあるのも、また事実なのだ。

 そんな中、こうして時折素直な感情を表に出すソフィアの存在は、彼らにとって貴重でもあり同時に癒しでもあった。当然のことながら、ソフィア本人はそんなこと微塵も知る由はないのだが。


「今日はおそらく、デザートにマンゴーの果肉が出てくるはずだからね。楽しみにしているといいよ」

「まぁ!」


 そして反対に、アマドゥール公爵家の面々は知りもしなかった。ソフィアのような貧乏伯爵家の令嬢からすれば、ここまでしっかりとした料理が毎回出てくることどころか、そもそも氷菓子という存在自体が貴重で高級品であるということを。

 だが、今重要なのはそんなことではなく。会話内容の影響なのか先ほどまであった若干硬い雰囲気が、今は完全に和やかなものへと変化しこの場が笑みと癒しで満たされているという、ただそれだけが彼らにとっての全てだった。



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