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侯爵様に愛をささやかれるだけの、とっても簡単なお仕事です。  作者: 朝姫 夢
第三章 噂の魔女様の登場です。

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5.雪野菜

「量が少ないことも、希少性が増すという意味でいい方向に働いていると思う」

(おろし)先の商人にも、あまり数がないほうが高値で取引ができるので得になると助言されているのですが、それ以前に大量生産はできないものなので……」

「できるけれどやらない、よりも、やりたいけれどできない、のほうが皆納得できるだろうからね。それに、雪深いブランシェ伯爵領だからこその特産品は、方法を知ったところでどこの領地も簡単に真似(まね)できるものではないよ」


 ようやく驚きから抜け出してきたらしいフェルナンが、今度は饒舌(じょうぜつ)に『雪野菜』がどれだけ素晴らしいものなのかを褒めたたえてくれて。要所要所で受け答えはしつつも、あまりに褒められすぎて時折恥ずかしくなってしまったソフィアは、料理を口に運ぶことでそれを紛らわせていた。

 だがフェルナンの言葉通り、確かにブランシェ伯爵領の『雪野菜』は、近年急速に美食家たちの間で人気になったブランド野菜である。その味の濃さやみずみずしさは抜群で、野菜の収穫量が極端に少なくなる冬という季節も相まって、その希少性と共にひと月単位で値段が一気に跳ね上がっていき、今やなかなか手に入れることができない珍しい食材として有名だった。

 ソフィアが学園を卒業して領地へと戻ってから、わずか二年。その間に冬が訪れたのはまだ二度だというのに、これほどまでに早く情報が出回ったのは食材の良さもさることながら、実は裏で商人と綿密な打ち合わせをしていたブランシェ伯爵家の力も大きかった。特に最初に誰に商品を提供するのかが重要だったので、商人が持つ販売先ルートの中から爵位の高い貴族や豪商(ごうしょう)の美食家で、かつ噂好きな人物を顧客として選ぶことにしたのだ。

 そんな地道な努力が功を奏して、売り出し一年目から完売するほどの人気を博すことができたのだが。それでも生産数の関係で、どうしてもすぐに借金の返済が完了できるほどの売り上げを叩き出すことはできなかった。

 だが昨年よりも売り上げを伸ばして、少しずつでも返済していけるのだと確信を持ち始めた、そんな時だった。


「まだ数年先の話だろうと誰もが思っていたところに、フェルナン様から今回のお話をいただきまして。おかげで全ての借金を完済することができました。本当にありがとうございます」


 これで次の冬からの売り上げは、全て領地経営のために回すことができる。そうなれば、領民たちにも十分な量の飲み水と食料を確保することができると喜んだのは、ほんの数か月前のこと。

 だがそう言って頭を下げたソフィアに対して、言われた本人は少々困ったような表情で首を振る。


「いいや。それはむしろ、私がソフィアに言うべき言葉だよ。ブランシェ伯爵領から大切な令嬢を連れ出してしまっている以上、私にはそれ相応の責任と義務がある。だから私の助けに応じてくれたソフィアやブランシェ伯爵領に対して、できる限りの対価を支払っているだけにすぎないんだ」

「それでも、助けていただいたことに変わりはありませんから」

「それなら、私のほうが今もソフィアに毎日助けてもらっているよ。君がいなければ、今頃私はどうなっていたことか……」


 思わず想像してしまったのか、目を閉じて小さく首を振る仕草を見せたフェルナンに、今度はソフィアが困ったような表情になってしまう。

 結局、どちらも様々な問題を抱えていたことに変わりはなく、お互いがお互いを補い合えたというだけのことなのだ。むしろ、ある意味で対等な関係性であったことは、二人にとって幸いだったのかもしれない。


「まぁ、とにかく。様々な事情があるのは確かだから、そこに関してはあまり気にしないでくれると助かるよ」

「そう、ですね。確かにフェルナン様も、大変な苦労をなさっていたという意味では同じですから、ね」

「うん、そうだね」


 どちらもこの場で詳細を口にするのは、なぜか(はばか)られるような気がして。思わず二人顔を見合わせて苦笑する。

 そのまま二人無言のまま、黙々と食事を続けることしばし。最後に皿に残ったソースを、手で一口サイズにちぎったパンを使って美味しくいただけば、使用人たちが次の皿の用意のために準備を始める。会話ばかりだったせいでなかなか進まなかった夕食も、これでようやく折り返しといったところだ。

 アマドゥール公爵邸での食事に慣れたソフィアは、すでに次に出てくるものが何なのかをよく知っていて。


(今日のグラニテは、どの果物の果汁が使われているのかしら? 昨日は桃だったから、きっと今日は別の味よね)


 そんなことを考える余裕すら出てきていた。

 特に最近は暑い日が続いているからか、口直し用の氷菓(ひょうか)であるグラニテには基本的にさっぱりとした味のものを料理長が選んでいるようで、毎食味は違うが必ず果物系で統一されているのだ。だからこそ、ソフィアにもそんな予想を立てることができたのだが。


「おや? そうか、もうそんな時期なのか」


 運ばれてきた、濃い黄色のような薄い(だいだい)色のような、見たことのないグラニテのその色にソフィアが首をかしげている一方で。その正体を知っているらしいフェルナンは、どこかしみじみとそう呟いていた。



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