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4.雪解け水

 二人の間に流れる微妙な空気などお構いなしに、当然のようにまずテーブルの上に置かれたのは、柔らかそうな数個のパンの乗った皿だった。だがそれだけで終わるわけもなく、先ほどから美味しそうな香りを漂わせているその正体である魚料理の皿も同時に提供され、こちらは二人の目の前に置かれる。

 香ばしく焼き上げられた白身魚の皮目とは正反対に、その周りを囲むようにかけられている白いソースこそが、ある意味でこの料理の真骨頂(しんこっちょう)だろう。アマドゥール公爵邸で出される料理に舌が慣れたソフィアですら、毎回このソースがあまりにも絶品すぎて、今でも毎日のように驚いているのだから。

 だが、今はそんな素晴らしい料理よりも。


「あの……」

「あぁ、いや、何でもないんだ。ただ、本当に今までソフィアは苦労してきたのだと、改めて考えさせられたというか、ね」


 目の前で深ーくため息をつくフェルナンのほうが、ソフィアにとってはよほど気になる存在だった。

 そもそも先ほどの驚いたような表情といい、どうして彼がそんな結論に至ったのかが全く理解できていない以上、どう返答すればいいのかも分からない。なのでここではあえて無言を貫いて、フェルナンの次の発言を待つことにしたのだが。


「……それで、今はどれくらいの量の水ならば、自分たちだけで確保できるようになったんだい?」


 額に当てていた手を、今度は口元へと移動させて。どこか心配そうな視線をソフィアへと向けながら、そう問いかけてくる。

 それに対して、ソフィアはといえば。


(なるほど。フェルナン様は、ブランシェ伯爵領の現状を心配してくださっているのね)


 などと理解して。けれどだからこそ、あまりにも貧乏話ばかり聞かせてしまったせいで気になってしまっているのではないかと、事実とはいえ直前までの会話を少しだけ反省していたのだった。

 ただ、暗い話ばかりではないのだとフェルナンには伝えておきたくて。


「ここ数年は、冬の間に雪を大量に確保するという地道な作業が実を結び始めていて、作物を育てるために必要な水は、かなりの量をそれでまかなえるようになってきているんです」


 あえて笑顔で、まず先にそう伝えることにした。

 事実ブランシェ伯爵領では、十年ほど前から雪を貯めるための様々な容器を少しずつ、安く手に入れてきていた。なので冬は各家々でそれに雪を詰め、春夏はその雪解け水を使用しながら、同時に空になった容器に今度は雨水を溜めるようにして再利用し、徐々に徐々に飲料水以外の購入を減らすことに成功しているのだ。

 さらには、枯れてしまった湖に詰め切れなかった雪をなるべく集めておくことで、新しく容器を購入した際にもすぐに詰められるように工夫したり。そこに残った雪をあえて踏み固めることで氷のように固くして溶けにくくし、さらには氷室(ひむろ)を建設しなるべくそこに保存しておくことで、普段よりも長い期間利用できるようにするなど、様々な方法を取り入れてきた。


「特に氷室の存在は、今まで領内にいるだけでは知ることができないものだったので、本当に画期的(かっきてき)で重宝しているんですよ」


 当初の予定通り、ソフィアは学園に在籍中、本当に数多くの書籍に目を通し、かなりの量の知識を蓄えてきた。その中で最も役に立った建築物となれば氷室一択だと、ソフィアだけでなくブランシェ伯爵領の者であれば、誰もが口を揃えて答えるだろう。それほどまでに、生活を一変させた存在だったのだ。


「なので残りは飲み水の確保だけなのですが、こればかりはさすがに安全面を考慮して、今でも購入するようにしています」


 本当はそこまで流用したいところではあるが、ろ過していない雪解け水はあまり綺麗ではないことを知っているため、領民たちも進んで手を出そうとは思わない。なので今でも飲料水を購入する金額だけは、毎年の予算として計上しているブランシェ伯爵領なのである。


「それでも、野菜を育てられるだけの量は確保できるようになったのか」

「はい」


 ソフィアの笑顔になのか、それともその内容になのかは分からないが、徐々に安心したような表情に変化してきていたフェルナンの言葉に、ソフィアは自信をもって頷いた。

 だが、彼女の話はそこで終わりではない。


「まだまだ収穫量は少ないですが、ようやく『雪野菜』も財源となれるほどには認知されてきましたから」


 ソフィアが得た知識の中で、建築物としては氷室が最も重宝されているとするならば。この『雪野菜』という存在は、それを凌駕(りょうが)するほどの知識と言っても過言ではない。むしろこれのおかげで、ブランシェ伯爵領は少しずつあの膨大な借金の返済の目途が立ち始めていたのだから、相当なものだろう。

 暑い時期を避けて種をまき、さらにその雪解け水を利用していることと雪の中で保存することから、『雪野菜』と名付けられたブランド野菜とも言えるそれらは、今ではブランシェ伯爵領にとって最もなくてはならない存在となっている。そしてその知識を学園に在籍中の四年の間に手に入れ持ち帰ってきたソフィアは、紛れもない才女なのだ。


「生の野菜が手に入りにくくなる冬に、あれだけ味の濃い野菜を出荷できるとなれば、美食家ほど手に入れたいと思うのは当然だろうね。本当に素晴らしいよ」


 そのことをフェルナンが知っているのかどうかは定かではないが、それでもブランシェ伯爵領を褒められたソフィアは嬉しくなって、ナイフで切り分けた白身魚をソースに絡めて笑顔のまま口元へと運ぶのだった。



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