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3.最大の目的

 だがそれはもしかしたら、その次の瞬間にはすでに別の雰囲気をフェルナンが纏っていたからなのかもしれない。


「そう、か。確かに、そうかもしれないね」


 微かに笑みを見せたその姿は、先ほどとはまた違った意味で印象に残りそうで。けれどそれすら、ほんの一瞬にも近い間のことだけだった。


「それにしても、ソフィアは本当に色々なことを知っているね。学園に通っている間、いったいどれだけの知識を身に着けたんだい?」


 興味深そうにソフィアを見つめるアメシストの瞳は、まるで先ほどの表情が見間違いだったのではないかと思わせるほど、輝きに満ちていて。それに驚きを覚えながらも、数年前を思い出すようにソフィアは宙に視線を向ける。


「そう、ですね……。たとえば災害級の大雨による、各領地の地形変化後の詳細が書かれている本は、一通り目を通しています。それから、植物の育て方に関する本と――」


 だが彼女のその返答は、驚いたようにも焦ったようにも聞こえるフェルナンの声によって、かなり早い段階で遮られることとなってしまうのだった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。各領地の地形変化ということは、ブランシェ伯爵領以外の場所での変化も、ソフィアは色々と知っているということかい?」

「はい、もちろんです」

「っ!!」


 さらには当然のごとく頷いたソフィアに、もはや驚きを隠すことすらせずに目を見開いて、彼女を穴が開きそうなほど凝視するフェルナン。


「え、っと……。今後もしかしたらどこかで必要になるかもしれないと思ったので、念のため頭に入れておくことにしただけなのですが……」


 だが、ソフィアにとってはそれの何に彼がこんなにも驚いているのかが、全く理解できない。

 貧しい領地のためになりそうなことであれば、どんな些細なことであっても知っておいて損はない。むしろ、学園に通っている間に一つでも多くの知識を得ておくことこそが、領地を思う彼女にとって最大の目的だった。であれば地形変化に関する文献は当然、ソフィアにとっては目を通しておくべきものの中でも上位に位置していたと言っても過言ではないのである。

 だからこそ、彼女だけが気付いていないのだ。その特殊性にも、有用性にも。


「そうか……。だから先ほど、災害に見舞われた領地はどこも条件が同じだと……」

「あ、はい。その後の調査に関する文献もありましたが、災害後の生活の変化は様々でした。ただ、中には逆に地形変化のおかげで潤うようになった領地も一部存在しているようなので、一概に数十年前の大雨が悪だったとは言い切れないのかもしれません」

「……」


 もはや言葉も出ないフェルナンは、ただソフィアのその鮮やかなエメラルドグリーンの瞳を見つめることしかできなかった。

 それもそのはずだろう。本来であれば、そういった各領地の資料を照らし合わせて比較し問題の本質を見つめることなど、そういった仕事についている文官や、場合によってはもっと上の立場の人間がすべきことなのだから。それをまさか一領地の令嬢が、しかも学園在籍中にしていたなど、どう考えても普通のことではない。

 それだけではなく、自分の育った領地が貧しい理由に対して、ただ憤るだけでもなければ憎むでもなく。他の領地が潤った事実もあるのだと知った上で受け入れ、かつ悪いことばかりではなかったのだと言い切ってみせる、その冷静さと胆力(たんりょく)

 この時ばかりは、さすがのフェルナンも色々と状況を忘れて、ソフィアがもしも男として生まれてきていれば、優秀な文官になれただろう。それならば喜んで推薦状を書いたのに、と思わずにはいられなかった。もちろん次の瞬間には、そんな考えは完全に頭の中から振り払っていたのだが。


「本当に……想像以上だよ」

「え、っと……」


 何に対しての「想像以上」なのかが分からないままのソフィアが、困惑した表情でそう呟くものの。フェルナンは額に手を当てて、ただただ自分の中で感心するばかりだった。

 そんな微妙な空気の中でも、使用人たちの動きが鈍ることはなく。普段よりも若干ゆっくりと進む夕食は、それでも次の料理の準備へと取り掛かるべく、スープを飲み終わった二人の食器たちが今ちょうど下げられるところで。入れ替わるように入ってきたワゴンからは、本格的に食欲を刺激するような香りが漂ってきていた。



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