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2.未曾有の大災害

「それにしても、水を購入しなければならなくなるほどの地形変化が起こっていたなんて……。もしかして、今もその影響が続いているせいで借金を?」

「はい。以前よりは改善されてきているそうなのですが、それでもまだ領地内だけで補えるほどの水を確保するのは、どうしても難しいので」


 だから借金の返済よりも先に、水の購入のために予算を使ってしまっているのだとソフィアは告げる。

 実際ブランシェ伯爵領の借金の返済額は、ここ数年で少しずつ多くなってきていた。けれどそれでも、長年積もりに積もったその額全てを返しきるには、まだまだ時間が必要だったのだ。そしてそのためにも、水の確保は最優先だった。

 だがブランシェ伯爵領が唯一幸運だったのは、借金先が大変優良な商人だったというところだろう。毎年少しずつでも返済があることで信頼が生まれていたという事実もあるのかもしれないが、今までに一度もその商人から返済の催促を迫られたことはない。そして他の領地の借金に関する様々な噂も加味するに、借り入れの際の金利もかなり良心的な設定にしてくれていたのだと、ソフィアをはじめブランシェ伯爵家の面々はよく知っている。


「なので、貧しいことに変わりはありませんが、そこまでつらい生活をしていたわけでもないのです」


 そうでなければ、きっと誰もが耐えられなかったことだろう。特に初期の頃の、まだ土地が豊かだった時代を知っている人々ならば、なおのこと。事実、当時の領民の中にはその生活に耐えきれずブランシェ伯爵領を出て行ってしまった者たちもいたのだと、ブランシェ伯爵邸に残された数少ない資料の中にも書かれていた。


「なるほど……」


 ソフィアの説明の途中で運ばれてきた、透明度の高いスープを口に運んでいたフェルナンは、彼女から聞かされた他の領地の状況に神妙な表情で頷く。そのままどこか考え込むような仕草を見せたので、ソフィアもあっさりとしたスープをゆっくりと楽しむことにしたのだった。

 暑い季節だからなのか、前菜もスープも冷たいものを用意されていることに、初期の頃は驚きを隠せないソフィアだったのだが。今ではアマドゥール公爵邸においてはこれが普通のことなのだと、もはや完全に受け入れてしまっている。


(慣れというのは、恐ろしいものね)


 などという他人事のような感想を抱くほどには、この生活に自分が慣れすぎてしまっているのだと感じていて。今後領地に戻った時に大丈夫なのだろうかと、最近では若干心配になってきているソフィアであった。

 そんな彼女の心の内など知るはずもないフェルナンは、何かを思いついたような表情で顔を上げると。


「地形の変化が原因だと判明しているのであれば、国に詳細を報告して補助金を申請することもできたはずだが……。もしかして、その手続きはしていなかったのかい?」


 国を襲った未曾有(みぞう)の大災害だ。となれば当然、それに対する補助制度も存在している。それはそうなのだが。


「すでに災害の直後に、自分たちではどうしようもできないからと申請していたようです。なので二度目は難しいのだと、該当の部署の方から直接お返事をいただいてしまいました」


 どの領地にどの程度の補助をしたのかは、全て記録されている。その中で二度申請が通った領地は、今のところ一つもないのだそうだ。そしてそれは、どんなに苦しい経営状況の領地であったとしても、例外は一つとしてなかった。


「ですから、ブランシェ伯爵領は自らの力で立ち上がるしかないのです」

「それは、そうかもしれないけれど……。さすがに水は命にかかわるものなのだから、国からの援助も不可能ではないはずだろう。私が直接、殿下に掛け合ってみようか?」


 心配や同情からなのだろう、フェルナンはそう提案してくれるのだが。ソフィアはその言葉を、ゆるく首を振ることで(いな)の意思を伝えつつも、同時に口を開く。


「いいえ、フェルナン様。災害に見舞われた領地は、どこも条件が同じはずですから。そんな中で、ブランシェ伯爵領だけが再び国の援助を求めることなどできません」


 実際本当に危なければ、最悪水だけは工面してもらえたのかもしれない。けれど今はもう、そこまでの危機を覚えるほどでもないのだ。

 ただ、そう口にした直後のフェルナンのどこか寂しそうな悲しそうな、うまく言葉にできない表情だけが。なぜか強く印象に残ったような、そんな気がしたソフィアだった。



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