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1.ある日の夕食の席にて

 例の魔女と会わせてもらえる約束はしたものの、王太子であるオーギュスタンが新たな外交先とのやり取りを始めてしまったため、またフェルナンの仕事が忙しい時期に入ってしまったらしく。一応魔女本人とは手紙で日程の調整をしようというところまで話が進んでいるらしいのだが、実際にはなかなかまとまった時間が取れないというのが現状なのだと、ソフィアはフェルナンから直接聞いていた。その際に頭を下げられてしまったことに、驚きと同時に焦りを持って対処したことは、まだ記憶に新しい。


「そういえば、ソフィアはいつ頃から自発的に本を読むように?」


 そんなある日のこと。まだ前菜が運ばれてきたばかりの夕食の席で、ふと思い出したようにフェルナンがそう問いかける。それに少しだけ首をかしげながら、思い出すように記憶をたどるソフィアだったが。


「いつ……でしょうね? 気が付いた時には、屋敷内にある全ての本を読み切ってしまっていましたから。あまり覚えていないのです」


 物心がつくよりも以前から、読書は彼女の日常に溶け込んでいた。それはある意味、娯楽が少ない貧乏伯爵領だったからというのもあるのかもしれないが、それ以上に本の中の世界はソフィアの胸に様々な感動を生み出していったのだ。


「私はてっきり、学園に通うようになってから大量の書物を読み始めたのだとばかり思っていたよ」

「そう、だったのですか?」

「ソフィアが好む本は、そのほとんどが農作物に関するものばかりだからね。領地のために知識を蓄えているのだと認識していたんだ」

「おっしゃる通り、その意味合いが一番強いのは確かですね」


 珍しく苦笑しながら告げたソフィアの言葉は、完全にフェルナンのその認識を肯定していた。

 そもそも学園に通っている間、彼女にとって最も優先すべきだったのは領地のために大量の知識を得ることで、学園生活を謳歌(おうか)することでも、婚約者を見つけることでもなかった。そういった意味では、今でもその考え方は変わっていない。読書はソフィアにとって楽しいことではあるが、同時に一つでも多く知識を吸収することができる手段でもあるのだから。


「現在のブランシェ伯爵領のことであれば、私もある程度は知っているけれど……。もしよければ、詳しい話を色々と聞かせてもらってもいいかな?」

「もちろんです」


 依頼を持ちかけるよりも前に、その家のことを調べていないはずがない。そんなことはソフィアも重々承知していたので、ブランシェ伯爵領がどれほど経営難に陥っていたのかをフェルナンに知られていたとしても、今さらすぎて驚くことすらないが。真剣な表情で問いかけてくる彼の様子に、からかいや見下すような雰囲気は一切見受けられず、だからこそソフィアはその質問に(こころよ)く頷くことができたのだった。


「そもそもブランシェ伯爵領は、元はといえば大変豊かな土壌を持っていたはずだよね?」

「はい。ですが数十年前の大雨による地形変化の影響で、極端に水が少ない地域になってしまったんです」


 どんなに栄養豊富な土壌であったとしても、水がなければ植物は育たない。そして植物が育たなくなってしまえば、土地もやがて枯れてしまう。そんな悪循環を毎年繰り返しながら、ブランシェ伯爵領は急激に衰えていってしまった。


「当時は近隣の領地も大雨の影響が強く残っていたのもあり、水を大量に買い付けるにもかなりの金額を用意しなければならなかったそうです。当然そんなことを繰り返していけば、年々蓄えは減る一方ですから」

「なるほど。それで、借金までする必要が出てきたのか」


 致し方のないことだった。そうでもしなければ、領民たちに大きな被害が出てしまっていたのだから。事実その頃の領主の中には、同じように借金を抱える決断を下した人物が数多くいたのだと、学園の図書室にあった資料の中に書かれていたことをソフィアは知っている。

 だが、それを聞いて驚いたのはフェルナンのほうだった。


「学園の図書室に? そんな資料が?」

「はい。さすがに国土に多大な影響を残した気候でしたから、それに関する研究結果を発表している学者の方々の本が、数多く寄贈(きぞう)されていました」

「なるほど……。つまり、そこに今でも興味や関心がある人物がすぐに手に取れるようにと、王立図書館だけではなく学園という場所も選ばれていたのか。今後、同じようなことが起こらないとも限らないと考えた先人たちが、少しでも多く後世に知識を持つ人物を増やそうとして」

「そうかもしれません」


 寄贈という言葉から、そこまで理解したフェルナンが納得したように呟いたそれに、ソフィアはただ頷きを返す。

 会話の内容もあってか、普段よりもゆっくりとしたペースで進む食事は、ようやく二人とも前菜を食べ終えたところで。テーブルの上からは使った食器たちが下げられて、次のスープの準備が始まるところだった。



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