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侯爵様に愛をささやかれるだけの、とっても簡単なお仕事です。  作者: 朝姫 夢
第二章 侯爵様は重症です。

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21.重症です

 とはいえ、驚いてばかりもいられない。その言葉だけは今すぐにでも訂正させなければと、ソフィアは急いで口を開く。


「フェルナン様。いくら魔法の効力とはいえ、そこまで口になさるのは問題です」

「魔法のせいなんかではないよ。私が本気で、心からソフィアに贈りたいと思ったから。ただそれだけだよ」

「でしたら、なおのこと大問題です」


 大変な状態なのだということは、十分に理解していたはずのソフィアだったが。これは本当にどうしようもないくらい重症かもしれないと、改めて認識する。

 そもそも婚約者でもない相手にピンクの花束を贈るなど、この国ではあってはならないことだ。他国では問題にならないかもしれないが、ここデュロワ王国では男性から女性へ贈られる花束の色は、大きな意味を持つ。特にピンク一色ともなれば、それは結婚を申し込むことと同義とみなされる。

 その色が持つ特別な意味の始まりは、デュロワ王国の初代国王が妃と決めた女性に結婚の申し込みをする際、ピンク一色の花束を贈ったことからだと言われている。後に妃となった女性は結婚の申し出を了承するのと同時に花束を受け取ったという話が残されており、そこからこの国ではたとえ婚約者同士であったとしても、結婚の申し込みの際には男性側がピンクの花束を贈り、それを女性側が受け取ることで結婚の約束が成立するとされているのだ。

 これは貴族だけではなく、デュロワ王国の出身者であれば平民も含め誰もが知っているような、至極当然のことであり。だからこそ、気軽に実行どころか口にしていい内容ではないのだが。


(重症です。フェルナン様)


 それゆえに、簡単にそれを口にしてしまった彼の姿に。魔女の魔法がどれほどフェルナンに強い影響を与えているのかということを、ソフィアは嫌というほど認識させられてしまったのだった。


「どこに問題があるのかな? 私には今、婚約者がいない。そしてそれは、ソフィアも同じこと。それならば私が君に結婚を申し込んだところで、何も問題はないはずだよ」


 だというのに、フェルナンはそんなことを平然と口にする。もはや隠そうという意思すら見せないあたりに、これは本格的にまずい状態になってきているのではないかと、ソフィアは焦り始めるが。残念ながら今すぐにどうにかできるほどの力を、彼女は持ち合わせていない。

 だからこそ、ただこう伝えるしかないのだ。


「いいえ、フェルナン様。本来であればフェルナン様には、婚約者候補の方々がいらっしゃったはずです。現在はこういった状況ですので交流はできていらっしゃらないのかもしれませんが、魔法が解けた(あかつき)には、その中からお相手が決定する予定なのではありませんか?」


 事実、彼には何人かの候補者がいたはずだ。それが延期されているのは魔女にかけられた魔法の影響と、最終的な決定権を持つアマドゥール公爵が外交のため国外へと出ているからという、その二つの理由からに他ならない。そうでなければ、今もまだフェルナンに婚約者がいないなどおかしな話ではないかと、ソフィアは本気でそう思っている。だから自分が選ばれることなどあり得ないのだ、と。

 だが、フェルナンに言い聞かせながらもその結論に至った瞬間、なぜだか胸が締め付けられたような気がして。ソフィアは思わず、そっと目を伏せる。


(……そう、よね。今のこの状況は、本来ではあり得ないこと)


 だというのに、自分の中ではいつの間にかこれが日常になってしまっていたのだという事実に、少なからず衝撃を受けつつ。それでもソフィアは、さらに言葉を続けた。


「その中に、私の名前はないはずです。ですからどうか、本物(・・)の花束だけは、将来フェルナン様に嫁ぐご令嬢に贈ってさしあげてください。もちろんピンク以外の色が入った花束であれば、私も喜んで受け取りますので」


 ピンク一色でさえなければ、そこに深い意味は存在しない。とはいえ愛情を示す色であることに変わりはないのだが、家族間でも贈り合える色合いに落ち着いてくれれば、それだけで十分だとソフィアは考えたのだ。それは、魔法の影響を強く受けているであろう今のこの状態で花束を贈るなというのも難しいだろうからという、彼女なりの譲歩でもあった。

 そんなソフィアの言葉に、フェルナンはどこか考え込むような仕草を見せたあと。


「……なるほど、そうだね。確かに今の私とソフィアでは、ピンクの花束を贈ることができる関係性ではないし、まだその時ではないのかもしれない」


 そう言いながら頷いた。

 微妙に引っかかる部分はあるものの、一応の納得を得られたのだろうと解釈できる言葉が引き出せたので、ソフィアはこれ以上この話題を引き延ばすことはやめておいた。下手にこれ以上触れて万が一変な方向に話が進んだ場合に、ややこしい事態を招くことになるのを防ぎたかったからだ。

 その代わりに、と言っていいのかどうかは難しいところではあるが、花束に関することから完全に意識を逸らすためだけでなく、どうしても確認しておきたいことがあったので。


「ところで、私もフェルナン様のご友人の魔女様にお会いすることは可能でしょうか?」


 ソフィアはそう、フェルナンへと質問する。

 そもそも何をどうすれば魔法が解けるのか、その詳細すら分からない状態でここまできてしまったが、本来であればもっと早く魔女本人に会って確認すべきだったのだろう。そのことに今さらながら思い至って、話題の転換にもちょうどいいからと口にしたそれに。


「もちろんだよ。今度時間を作って、ユゲットを我が家に連れてくるから。それまで待っていてくれるかい?」


 爽やかな笑顔でフェルナンが答えてくれたので、それにソフィアは笑顔で頷き返した。

 これで本人に直接確認できると安心する一方で、少しだけこの生活の終わりが見えてきたような気がして、再び胸が締め付けられるように苦しくなるのと同時に、若干の寂しさも覚えてしまったソフィアは。自由に本が読めなくなってしまうかもしれないというのは、こんなにもつらいことなのかと、学園を離れた時以上のその思いに衝撃を受けていたのだが。しかし同時に、自分がここにいるのはフェルナンにかけられた魔法を解くためなのだから、少し荷が重いとは感じつつもせめてその仕事だけは全うしなければという、恩人に対する使命感にも駆られていた。

 だがこの時、ソフィアが胸に抱いていた本当の気持ちは、魔法を解くことができるのかというプレッシャーでもなければ、大量の書籍たちから縁遠い生活に戻ってしまうかもしれないという寂しさでもなく。もっと別の、特別な感情だったということに彼女が気が付くのは。もう少しだけ、先の話である。



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